「まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍」第10回 いま図書館がやばい―電子化時代のそのあり方とは?

更新日:2013/8/14

電子書籍と図書館の関係

ちば :武雄市図書館問題についてはよく分かりました。この件と電子書籍ってどんな関係があるんですか?

まつもと :この問題を知ってすぐ思い出したのは、マガジン航編集人の仲俣さんとの対談でした。仲俣さんと言えば、5月10日に「電子書籍は日本で上手くいくのか」というTBSラジオ番組が電子書籍界隈では話題になりました。

TBS RADIO 954 kHz│2012年05月10日「電子書籍は日本で上手くいくのか?」(仲俣暁生&加藤貞顕)パート1―柳瀬博一・Terminal

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ちば :あ! この連載でも取材したことがある加藤さんも出演されていたんですね。

まつもと :そうなんですよ。いやーうらやましい。IT界隈はコンプガチャ問題で大忙しで、僕もそっちに忙殺されていましたが、隅っこにでも座っていたかった……。

ちば :まつもとさん、話が逸れてきてます。

まつもと :ハッ、いかんいかん。
 えーと、以前この連載の中でも、仲俣さんは電子化時代の図書館の重要性に繰り返し言及されています。
まつもとあつし 電子書籍は読書の未来を変える?

 少し長くなるけれど、仲俣さんのコメントを引用しましょう。

こんな笑えない話を聞いたことがあるんですよ。神田の神保町は世界でも一、二を争う大きな古書店街ですが、あそこに外国人を連れて行って「日本の書店・古書店はこんなに充実している」と自慢したところ、「それはお気の毒に。図書館が機能していないから、わざわざ本を買わなきゃいけないんだね」と言われたという。この話をきいて、本当にそうかもしれないな、と思ったんです。
 
「過去の本にアクセスする」ための手段として、いまは図書館よりも、あるいは新刊書店よりも、下手をすればネット検索と古書店の組み合わせのほうが便利だったりする。「日本の古書店」や「スーパー源氏」のサイトで検索すれば、かなりの本がみつかってしまい、買えてしまう。そんなふうに、私的所有を前提にするかたちでないと、知的生産のための土台の基礎資料が手に入らないという状況が、もしかしたら日本の本の世界の特徴ではないかと、この話のおかげで気付いたんです。
 
なので今は「電子書籍」よりも、むしろ「電子図書館」のほうに興味があります。「一度読んだらそれで終わり」というフロー的な本とのつきあい方もありだと思うんですが、それ以上にストックとしての本、「資料」としての本へのアクセスに電子メディアが役立つことに対して大きな期待を持っています。

ちば :印象的なお話しでしたね。

まつもと :先の武雄市図書館の件も、蔵書点数やサービスを充実させたいのはやまやまだけれども、予算などのリソースの問題がそこにはある、だから民間の力を借りたい、というのがスタートであったはずです。
 実際、雑誌や文具の販売をTSUTAYAのノウハウを活用して行うことで、収益源とすることも盛り込まれています。
 この対談の中ではソーシャルメディアの普及によって、本が生まれるプロセスが変わることなど示唆に富んだお話しが出てくるのですが、図書館についてはこんな指摘をされていますね。

本を単体で捉えるのではなく、図書館とか本棚といった、集合体として考えてほしい、ということなんです。英語でいう「ライブラリー」には、図書館とか文庫とか蔵書という意味がある。日本語では表現が違ってしまうけれど、これらの本質をひとことで言えば、集合体としての本=ライブラリーということになるわけです。
 
図書館もライブラリー、自分の蔵書もライブラリー、文庫本の機能もライブラリーだ、ということを考えると、広い意味での「ライブラリー」が電子書籍の本質だといえると思うんです。かりに家にたくさんの蔵書がなくたって、図書館に行けば誰でも好きなだけ勉強できる。そうやって図書館で学んでえらくなった人はたくさんいます。カール・マルクスや南方熊楠は大英図書館で学んだわけですし、アメリカの在野の知識人エリック・ホッファーは公共図書館を自分の書斎にしていたといわれます。
 
家に本をためこまなくても、図書館や広義のライブラリーで学んだ人の、行動的な知の伝統がある。電子書籍がその伝統をあらためて活性化させることができないか。ビジネスの面だけでなく、その可能性を僕は考えたいんです。家に書斎や本棚がある人はそもそも少ないし、ある人でも本の多くはたんなるデッドストックになっていることが多かった。電子書籍の時代の本は、そうあってほしくないんです。
 
1冊も紙の本をもっていなくても、電子図書館にアクセスができればいい、ということもありうる。それはようするに、内風呂なんかなくても、銭湯=公衆浴場があればいい、というのと同じ感覚です。必要最低限のコストで、各自にみあった場所でいつでも本にアクセスできるということが、本の未来を考えるうえで、非常に重要なことだと思います。

ちば :さすが仲俣さん。蔵書が持てない人へも本へのアクセスを提供する図書館の役割がよく分かります。電子化が進めば、それがより容易になると。

まつもと :「公共図書館を自分の書斎に」というあたりは、最近人気を集める千代田区図書館もそれを標榜していますね。
 一方で、武雄市では図書館が充実することで周囲の本屋さんが苦しむことになるのではないかと言った懸念も上がっています。

ちば :そうか、本に無料でアクセスできてしまうってことは本が売れなくなる、ということにもなりかねませんね。

まつもと :そうですね。国立国会図書館前館長の長尾真さんが提唱したいわゆる「長尾プラン」を思い出します。電子化によって本=知へのアクセスを強化しつつ、出版ビジネスにもその収益を還元しようという模索の1つでした。




総務省|デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会

ちば :広告収益や無料閲覧は館内のみとして、外部へは有償での貸し出しを行う、といったプランでしたね。
まつもと :この案には出版社からの反発も多く、現実になることはありませんでしたが、その後の議論や取り組みに与えた影響は大きかったと思います。
 この連載でも取り上げたパブリッジ は、法律に定められた納本制度を活用して国立国会図書館で電子化を進めるのではなく、出版社が主体となってそれを行うという取り組みですね。
 そして現在のところは、「有償の貸出し」といった構想は含まれていません。

ちば :ただキンドルは既にアメリカで本の貸出しも始めていますね。

「ハリー・ポッター」シリーズ、「Kindle」電子書籍貸出サービスに登場へ―CNET Japan

まつもと :そうですね。図書館という存在があり、そこに意義も十二分にある以上、電子化時代に電子書籍を「レンタル」としてどのように扱うのか、避けては通れない問題だと思います。
いま、GALAPAGOSをはじめ各種電子ストアがクラウド化、つまり購入した本をダウンロードさせるだけでなく、クラウド上にストックしておく方向にシフトしています。その先に、「恒久的なアクセスなのか、時限的なものとするのか」という選択が欲しくなる、というのは自然な流れですから。

ちば :んん? つまり?

まつもと :iTunes MuchというAppleのサービスも、音楽をクラウド上に置き、そこにユーザーへのアクセスを提供するという取り組みです。ユーザーはそれによって大量のデータを端末にダウンロードしておかなくても良くなりますし、複数の端末からも同じようにデータを利用出来る。
 提供者側も、ユーザー毎に全てのデータをクラウドに保管していてはサーバーの容量が幾ら合っても足りませんが、音楽や本のように共通のデータであれば、1つデータを用意しておき、そこにそこへのアクセス権があるユーザーだけにアクセスしてもらえば良いわけです。

ちば :そうしたら「一度読んだら満足!」といった本であれば有償レンタルで、「いつでも参照したい」といった資料的な本は購入して恒久的なアクセスを、という風に使い分けたくなる、ということですね。

まつもと :そのとおり。現状、新古書店や漫画喫茶が存在しているなか、電子化時代にそういった新しい流通経路にどう本を提供し、そして出版社や作者といった本の送り手にどう収益を還元するのか、といった問題は避けて通れないわけです。
 武雄市図書館の問題は、図らずも個人情報の扱いに注目が集まりましたが、もちろんそこには留意しつつ、その先にはこういったテーマが控えている、というのも忘れないようにしておきたいですね。

ちば :なるほど! 今日も勉強になりました。電子ナビの本棚サービスの位置づけもよく理解できましたし。今日のお話、念頭に置きながらがんばっていきたいと思います。でも、まずは一息つきますね。ふう。

  まつもとあつし新刊情報

『コンテンツビジネス・デジタルシフト―映像の新しい消費形態』

松本淳 NTT出版 2730円
 「クール・ジャパン」から10年。売上の減少や表現規制などに揺れるアニメに、今なにがおこっているのか?そこにある「メディアの転換(メディアシフト)」-インターネットのメディアとしての成立と台頭ーが、コンテンツビジネスに与える影響を詳細に考察。

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■ダ・ヴィンチ電子ナビ編集部:d-davinci@mediafactory.co.jp

 

イラスト=みずたまりこ

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