歴史上の偉人たちで構成された最強内閣。最初の閣議はどうなる?/ビジネス小説 もしも徳川家康が総理大臣になったら②

文芸・カルチャー

公開日:2021/3/27

2020年。新型コロナの初期対応を誤った日本の首相官邸でクラスターが発生。混乱の極みに陥った日本で、政府はAIで偉人を復活させて最強内閣を作る計画を実行する。徳川家康が総理大臣、坂本龍馬が官房長官になるなど、時代を超えたオールスターで結成された内閣は日本を救えるのか!?

ビジネス小説 もしも徳川家康が総理大臣になったら
『ビジネス小説 もしも徳川家康が総理大臣になったら』(眞邊明人/サンマーク出版)


プロローグ

 2020年4月1日。

 家康が日米首脳会談でアメリカ大統領と共同会見する10ヶ月前。

 

 世界初のAIと最新ホログラム技術で復活した歴史上の偉人たちで構成された最強内閣。その最初の閣議が行われることになった。

 桔梗の紋が入ったよれよれの羽織に汚れた袴。その足元は革靴である。蓬髪〈1〉、長身に真っ黒に日に焼けた肌。面長の顔に切れ長の目。黒い肌と対照的な真っ白い歯。薄汚いといえば薄汚いのだが、なんともいえない人を惹き付ける魅力がこの大男にはあった。

「困ったのぅ」

 落ち着きなく身体を小刻みに揺らし、所在なげにうろうろと歩き回るその男は、この最強内閣の官房長官をつとめることになっていた。

 名を坂本龍馬という。

 幕末の動乱期、土佐に生まれた風雲児は、33年という短い生涯のうちに薩長同盟、大政奉還という大仕事を、一介の脱藩浪士の身でありながら成し遂げた。他の幕末の志士たちが〝藩〟という自分たちの限界の中で生きたのに対し、坂本龍馬は常に〝国〟という視点で駆け抜けた。その生き様はまさに近代日本の夜明けのようであった。

「わしゃ、こがなかしこまった場は苦手なんじゃがの……」

 居並ぶ閣僚たちは、この日、初めて顔をあわせた。それぞれ違う時代からやってきているため、お互い、どう向き合ってよいか、まだ探りあうような雰囲気である。同じ時代、そしてお互い因縁を抱えている者同士もおり、一種異様な緊張感が漂っていた。

 龍馬は、首相官邸の閣議室に集まった面々を前にして、もぞもぞと袴の位置を直した。困った時のこの男の癖である。

 現世では、公の場に現れることのなかった龍馬である。奇跡ともいうべき薩長同盟を成功させ、大政奉還という驚天動地の策を考えだした風雲児といえども、このなんとも不思議な状態に戸惑いを隠せなかった。

 ちなみに龍馬をはじめとする復活した偉人たちにはあらかじめ、同僚たちの経歴や事績、能力などがインプットされている。そして、過去の因縁が思考や行動に影響を及ぼさないようにプログラミングが施されている。

 例えば徳川家康には、結果として自分の子孫を追い詰めた坂本龍馬の事績についてはインプットされているけれども、そのことによって龍馬に対して恣意的な思考が生まれないようになっている。

 それは、家康、信長、秀吉という極めて重大な因果関係(秀吉は信長の子供を殺しているし、家康は豊臣家を滅ぼしている)に対しても同様であり、歴史的な事実のインプットはされているがあくまでも彼らの能力、性格だけによって思考がなされるようになっていた。

 

 開始時刻が過ぎた。

 龍馬はちらりと時計を見て、大きく息を吐いた。

「これもお役目じゃ」

 自分に言い聞かせるように呟くと、

「お歴々の方々。閣議をはじめるきに」

 一種異様な静けさに包まれたメンバーの無言の圧力から逃れるように、龍馬は蓬髪の頭をかきむしりながら開会を宣言した。大声である。同時に大量のふけが飛び散る。総務大臣に任じられた北条政子が露骨に嫌な顔をした。

 龍馬は、内閣総理大臣に任じられた徳川家康に視線を向けた。

 自分が終わらせた徳川幕府の創設者であり、江戸時代を通じて〝神君〟と呼ばれた伝説の人物が目の前にいる。

 265年にわたる太平の世を築いた英傑は、小柄ではあるががっしりした体躯を持っていた。後世にイメージされる肥満の意地悪そうな古狸というより、戦国大名にふさわしい武人の迫力が備わっている。剣の達人としても知られる家康は、佇む姿勢にも一分の隙もない。北辰一刀流の免許皆伝である龍馬の目から見ても、家康の身体にほとばしるエネルギーと衣服の下に息づく筋肉は一流の剣士そのものであった。肌は浅黒く、体躯に比して大きな顔には、これまた大きな茶色がかった瞳がある。醜男ではないが、その瞳のアンバランスな大きさが底しれぬ不気味さを醸し出している。本来、瞳というものは心の内を表すものであるが、家康の瞳には感情というものが見当たらない。まるでブラックホールのように見る者を吸い込んでいくようである。

〝無駄なことは一切しない〟

 そんな威圧感と圧迫感が家康にはあった。

 これが徳川家康か……。

 龍馬はがらにもなく家康に対して畏怖の念を覚えた。

「そ、それでは、まずは内閣総理大臣から一言もらうきに」

 その感情を打ち消すように声をあげる。龍馬自身、歴史を変えた英雄である。家康に負けたくないという気持ちがその声にこもっていた。

 その龍馬の想いとは裏腹に家康は、自分の間合いを変えず、ゆっくりと閣僚を見渡した。

 そして静かに口を開く。

「合議に入る前に我らがなぜここに集められたか、腑に落ちぬ方々もおろう。まずはその経緯を、我らを集めた者から直に聞いていただくとしよう……入られよ」

 家康の野太い声に誘われるように、奥の扉が開き、白髪の長身痩せ型の老人が入ってきた。黒のスーツを身に纏い、身体をやや屈めるようにしながらヨロヨロと歩く。口元はマスクで覆われている。

 老人は、閣僚たちの真ん中あたりまで歩を進めるとゆっくりと頭を下げた。

「日本党の幹事長木村辰之介でございます」

 声がかすれて小さいので聞き取りにくい。よほど体調が悪いのか顔色は青白く、額にも汗が玉のように浮き出ている。

「木村。我らには病がうつる心配はない、布を外してもよいぞ」

 家康が声をかけた。木村は家康に深く頭を下げるとマスクをとり、閣僚たちにも一礼をした。

「みなさまに現世に蘇っていただいたのは、この国の危機を救っていただきたいがためです。今、世界は新型コロナという伝染病により、大混乱に陥っております。凄まじい勢いで感染が広がり、死者も増えつつあります。なによりも我が国の総理大臣であった原太郎までこのコロナの感染により命を落としました。感染を防ごうにも、最初の段階から後手に回ってしまっており、手に負えぬ状態でございます。また、原のあとを継ぐ者も容易には決まらず、未知の病ゆえ専門家の意見も定まらず、政治にまつわる者や、影響力のある者たちがめいめい勝手な意見を言うため、国としての統制がとれなくなっている有様です。そこで、最後の策として、過去のこの国の偉大な指導者であったみなさまを科学の力で蘇らせ、この危急にあたってもらおうと考えた次第であります」

 木村は、消え入りそうな声で話した。彼自身、健康を害しているのは見てわかる。かろうじて立ち、気力を振り絞って息も絶え絶えに話しているという状態だ。

「要は、我らにこの流行病を収めよというのじゃな」

 家康は優しく木村に尋ねる。

「はい、そして、国民の信頼を……」

 木村は、家康の方に視線を移し、震える手で額の汗をぬぐい答えた。

「国民の信頼?」

 家康は首を傾げた。そもそも家康をはじめ戦国大名には〝国民〟という概念がないのだ。

「はい。今の国民の政治に対する信頼は、地に墜ちるほどでございます。内閣支持率も過去最低でございます。危機の時こそ、信頼が必要だと私は考えております。この国は、災害も多く、いずれまたこのような危機に陥るでしょう。今まで、なんとかその場しのぎでやってこれましたが、このまま国民が政治を信頼していない状態ですと、いつか取り返しのつかない状況になってしまいます。この感染症により国が混乱に陥った今こそ、迅速で的確な対応で国民の信頼を取り戻すチャンスなのです」

「その国民というのはなんじゃ?」

 家康の隣にいた小男が声をあげた。

 財務大臣である豊臣秀吉である。

豊臣秀吉(安土桃山時代) 戦国三大英傑のひとりであり、家康の前の天下の覇者。農民から天皇に次ぐ最高権威の太閤にまで上り詰めた空前の成り上がり者。大阪城に代表されるスケールの大きさ、ド派手で底抜けに明るいイメージを後世にまで残し、江戸時代前期に出版されたこの男の一代記である『太閤記』が常にベストセラーであったことからも、人気がうかがい知れる。

 

 真っ黒に日焼けした顔にギョロリとした目とちょび髭、頭髪は薄く、かろうじて小さな髷がのっかっているという塩梅だ。〝猿〟として有名な秀吉だが、実物を見る限りはネズミといった方がぴったりだ。

「国民とは……この日本に住まう人々のことをいいます」

 木村は答えた。

「なんじゃ。民のことか」

 秀吉は大笑いをした。

「民なぞは、我らの言うことを聞いておればいいのじゃ。なぜ民などの信が必要なのじゃ。そんなことのためにわしらを呼び出したのか?おみゃーは」

 4月1日現在、東京の1日の感染者数は300人を超え、累計の感染者数は既に1万人を超えていた。死者は233人。日本で初の新型コロナの感染者が確認されてからたった2ヶ月半で、全国では3万人の感染者と、死者が800人にのぼっていた。未知のウイルスの感染急拡大と、国のトップである総理大臣が感染し、死亡するという前代未聞の事態に国民は大混乱に陥っていた。

 しかし、彼ら戦乱の世で生きてきた者にとって今の日本の状況は、危機的状況でも何でもないのかもしれない。

 

 秀吉の言葉に木村は戸惑っていた。たしかに封建社会に生きた者を相手に国民を説くのは難しい。しかし、木村に残された時間は少なかった。木村は声を振り絞った。

「今の時代の政治のありかたは議会制民主主義と申しまして、政治家は国民から選挙で選ばれます。その選挙で選ばれた者の合議によって国の方針が定まります。すなわち、太閤殿下のおっしゃる民が国の中心にあるのです。しかし、ここのところ、この仕組みの良いところよりも悪いところの方が目立つようになってきました。国民は政治に不信を抱き、政治家は選挙に通るために国民に媚び、『国民のための』と耳ざわりのいい政策をその場しのぎのように打ち出し、国家百年の大計のような勇気ある政治決断を先送りし続けてきました。私は長らくこの問題を考え、改革を行うためには今までのやりかたではだめだ、何も変わらない、と思い至り、過去の英傑から知恵をいただくことを思いつきました。そして、人工知能による英傑の復活という計画をたて、密かに長年研究をさせて参りました。今回、この新型コロナで国を率いる総理大臣が亡くなり、次の指導者が決まらず混乱を極める中、今こそ国民の信頼を取り戻し、この国を改革する最後の機会だと思った次第です。そこで、国会で次の総理大臣を天皇陛下にご一任することを決し、私自ら陛下に直訴し、みなさまがたを復活させ、内閣を組閣したのでございます」

 木村は苦しい息を継ぎながら一気に話した。話し終わったあと激しく咳き込み、まるで水面に浮き出た鯉のように口をパクパクとさせていた。

「おぬしも病にかかっておるな」

 家康は痛ましそうに木村を見た。

「はい。私のような老いぼれがこの病にかかると一気に悪化するようでございます。しかしながら、家康さま。この国も私のようなものでございまする。今までなんとかその場しのぎの対応でやってきましたが、もう、その場しのぎの治療では治りませぬ。今、生きている者は、現世の様々なしがらみに縛られ、大胆な発想もできなければそれを行動に移すこともできませぬ。私は父のあとを継ぎ政治家になり40年。ひたすらおのれの立身出世と保身のみに生きてまいりました。10年前、息子が自ら命を絶ったことで、私はおのれの卑小さ、醜さに気づきました。せめて最後は政治家らしくこの国のために尽くして死にたい。その一心でございます」

 

 おそらく、気力が尽きたのだろう。木村は膝をガクッと床に折り曲げるようにして体勢を崩した。

「無理をしたらいかんぜよ」

 龍馬は慌てて木村を抱き起こそうとしたが、実体のない龍馬の腕では木村の身体に触れることはできなかった。

 木村はそのまま、両手も床に突き、土下座をするようにして頭を下げた。

「どうか……我が子、我が孫に誇れる国にしてくださいませ……。私が息子に果たせなかった未来を……」

 かすれた声はますます聞き取りづらくなり、いよいよおのれの頭の重みにも耐えられなくなったのか、がくりと首も折り曲げ、床に顔をこすりつけるような状態になった。

 しばらく沈黙が流れた。

「その者。息絶えておるであろう」

 家康が厳かに言った。

「死んどるのかえ⁉」

 龍馬が驚いて、うつ伏せになっている木村の顔を覗き込んでみると、その顔面は穏やかではあったが、死の静寂がうつしだされていた。

「木村と申す者。まさに武士の死に様であった。見事であった」

 家康は、伏したまま息絶えた木村の遺体に声をかけた。

 そして、ゆっくりと視線を上げ、閣僚たちを見回した。

「わたしはこの者の最期の頼み、叶えてやろうと思うが、いかがであろうか」

 家康の問いかけに、閣僚たちは静かに頷いた。

 日本党幹事長、木村辰之介はおのれの命と引き換えに、家康以下の最強内閣閣僚の合意を勝ち取ったのである。

 ただ、ある一人だけ、家康の問いかけに微動だにしない者がいた。

 その者は鋭い眼光を正面に向けていた。

 彼だけは、木村に対して一度も視線を送らなかった。その男は……

 経済産業大臣の織田信長である。

〈1〉蓬髪 乱れた長い髪。

<第3回に続く>