日本一の規模を誇るVTuber事務所から仕事の依頼が! 謎につつまれたVTuberの世界とは?/特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来③

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/5

第20回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞作。南原詠著の書籍『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第3回です。「特許侵害を警告された企業を守る」ことを専門とする“特許法律事務所”を立ち上げた凄腕の女性弁理士・大鳳未来。今回のクライアントは、映像技術の特許権侵害を警告され活動停止を迫られる人気VTuber・天ノ川トリィ。そして、さまざまな企業の思惑が――。真の目的を明らかにするため弁理士・大鳳未来が挑む! 現役弁理士が描く企業ミステリー小説。三重を離れ次のクライアントがいる東京へ向かう未来。VTuberが所属する会社エーテル・ライブは独特な雰囲気で…。

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』(南原詠/宝島社)

 2

 確かに、ソフトウェアの仕事がしたいと言ったが。

 東海道・山陽新幹線『のぞみ』の中で、未来は姚から送付された資料一式を読み込んだ。

 エーテル・ライブ・プロダクションは、五年前に設立されたバーチャル・ライバー─YouTube上での活動が主のため、VTuberの呼び名が一般的だが─の事務所だ。

 もともとは別の名前で、ITサービス全般を手広く取り扱っていた会社だった。VTuber事務所の事業は、数あるサービスの中の一つだった。

 しかし昨今の爆発的なVTuber人気により、売り上げのほとんどをVTuber事業が占めるようになった。

 経営者側は、社名をエーテル・ライブに変更。事業内容も、VTuber事業に集中させた。

 VTuber事務所として、エーテル・ライブは日本一の規模を誇る。国内外を合わせて、所属VTuberは六十七名。YouTubeと、中国の《Bilibili》まであわせると、チャンネル登録者数累計は二千万人を超える。

 経営状況が、全く理解ができなかった。

 VTuber事業って、どうやって売上を上げるのか。どこから金が入って来るのか。広告事業か。広告だったらVTuber事業なんて書かずに広告事業って書いて欲しい。

 考えれば考えるほど、違和感の原因は、一つの疑問に集約される。

 VTuberとは何か。

 YouTuberならわかる。ペプシコーラの風呂に入ったり、渋谷駅のハチ公前交差点のど真ん中で、青信号の間に踊ったりする職業の人だ。

 未来は、添付資料の中身を何度も確認した。

 エーテル・ライブの企業情報がほとんどだ。VTuberについての説明資料はない。

 ついでにだが、警告書の内容に関する資料もない。

 情報漏洩でもしたら大変なので、警告書の中身や警告の対象となった製品についての情報をメールで送るわけがない。しかし「VTuberが警告を受けた」だけでは情報として少なすぎる。勝手ではあるが、もう少し事前情報が欲しかった。

 VTuberについて、未来もネットで調べた。しかしきちんとした説明は見つからなかった。もしかしたら、VTuberに定義なんてないのかもしれない。

 スマホを閉じた。依頼人に直接訊ねたほうが早い。

 姚の提案通り、快速みえと新幹線を乗り継ぎ、東急東横線武蔵小杉駅に着いたのは、午後五時を回ったところだった。

 武蔵小杉駅から徒歩十五分の場所に、エーテル・ライブの事務所兼スタジオがある。

 初夏の空は、まだ夕暮れと呼べるほどに赤味がかっていない。

 立ち並ぶタワーマンションを眺めながら、未来はスマホで地図を確認しながら歩いた。

 手荷物は、パソコンの入ったショルダーバッグのみ。着替えの詰まった小型トランクを自宅に宅配便で送って正解だった。引き摺って歩くには面倒臭い。

 未来は歩きながら毒づいた。

「姚の奴、絶対に仕事の依頼をわんこそばか何かと勘違いしている。日本文化を間違って理解している」

 早めに帰宅するサラリーマンのお父さんがたを速足で追い抜き、未来はエーテル・ライブの事務所に急いだ。

 目的の事務所は超高層タワーマンションの下層部、オフィスフロアに居を構えていた。そこは二階から四階までオフィスフロアになっている。案内板を読むと、エーテル・ライブは、四階の全フロアを借り切っていた。

 一階のショッピングフロアの喧騒を抜け、オフィスフロアに入った。

 二階、三階は、疎らに人がいた。エスカレーターで四階に入った途端、一切の物音が聞こえなくなった。

「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた札が貼ってあるだけで、受付もインターフォンも、なかった。

 未来は気にせず扉の奥に進んだ。

 VTuberの撮影スタジオがあるためか、防音が行き届いている。ひょっとしたら廊下の壁のすぐ裏で、演者たちが生放送の収録をしている可能性だってある。

 奥に進みながら、未来は呟いた。

「最近は新しくオフィスを構える会社は、オフィス内の一室をYouTube撮影用のスタジオとして使う、って聞いたけど。エーテル・ライブは全室スタジオなのか」

 廊下を曲がると扉が立ち並ぶ通路に出た。依然として、しんと静まり返っている。通路の壁には扉が並んでいる。天井には五メートル間隔で監視カメラが設置されている。扉の奥に何があるかは不明だ。

 無意識のうちに、未来は廊下の壁を拳で小突いた。

「何も聴こえないし、何も見えない。稼働している会社には見えない。実は単なるペーパー・カンパニーだったりして。VTuberも実は全部人工知能で、そもそも会社に人なんて誰もいなかったり」

 回答は頭上から聞こえた。

『演者に関する情報は、最重要機密です。VTuberは、決して自らの正体を表に現しません。秘密保持義務がある人間であっても、会わせるわけにはいきません』

 音源は、監視カメラだった。スピーカーの機能が備わっている様子だった。

 最初のコミュニケーションが館内放送経由なんてクライアントは、未来も初めてだった。こめかみが、ぴくりと動いた。

 未来は一番近い監視カメラに近づいた。レンズを見上げる。

「ミスルトウ特許法律事務所の大鳳です。棚町隆司社長でしょうか。名刺は、どうやってお渡しすればよろしいですか」

 監視カメラでは、相手─棚町本人の可能性が高い─の表情は全くわからない。

 棚町は、はっきりとした声で答えた。

『名刺は結構です。大鳳先生の評判はこちらで調べましたので、存じております。しかし、ずいぶんと遅かったですね。ご連絡を差し上げてから、四時間三十二分です。本来なら、今頃は契約の話に入っている予定でしたが』

「申し訳ありません。なにせ四時間三十二分前まで、三重にいましたので」

 未来の目の前、廊下の壁が輝き出した。

 廊下の壁に画像が映し出される。廊下の足元、壁と床の角に、垂直投影型のプロジェクタが埋め込んであった。

 赤毛のショートヘアの女性キャラクタが、バストアップで映っていた。フリル付きのブラウスを着ている。

 目力のある、年上の先輩を想起させるキャラクタだ。

『今、第八スタジオで撮影しているVTuberはエーテル・ライブに所属するトップライバーの一人、ミレディ・スプリングフィールドです。ネット上では、ファミリーネームをもじって『春原ミレディ』とか『春原さん』とか呼ばれています』

『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』をAmazonで読む >


あわせて読みたい