「破産する…」特許侵害と告げられ愕然とする皆川電工の社長。しかし弁護士からある提案をされて…/特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来②

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/4

第20回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞作。南原詠著の書籍『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第2回です。「特許侵害を警告された企業を守る」ことを専門とする“特許法律事務所”を立ち上げた凄腕の女性弁理士・大鳳未来。今回のクライアントは、映像技術の特許権侵害を警告され活動停止を迫られる人気VTuber・天ノ川トリィ。そして、さまざまな企業の思惑が――。真の目的を明らかにするため弁理士・大鳳未来が挑む! 現役弁理士が描く企業ミステリー小説。未来から特許侵害と告げられ愕然とする皆川社長。途中から現れたミスルトウ特許法律事務所のもう一人のメンバー、弁護士で所長の姚愁林(ようしゅうりん)と共に提案された秘策とは…。

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』(南原詠/宝島社)

「弁護士は何があっても負けを認めない、ってあんたのセリフだけど」

「無理なもんは無理だ。だから、私がわざわざ弁護士の伝手を辿って、皆川電工の顧問弁護士と直接、話をする必要があった。違うか」

 ともかく、裏付けは取れた。突如始まった茶番を打ち切り、未来は皆川と亀井に向かって声を張り上げた。

「ミスルトウの正式見解をお伝えします。残念ながら、侵害です」

 亀井の顔から生気が抜けていく。亀井は床に座り込んだ。

「そんな。破産です。どうすれば」

 未来は、姚に目配せをした。姚は「予定通りで」と、小さく答えた。

 未来は亀井に近づき、しゃがんだ。

「ここからは提案です。亀井社長、本件製品の在庫、皆川電工に全品販売できますか」

 亀井は一瞬だけフリーズした後、はっと未来に振り向いた。

 姚が背後からフォローする。

「特許権者の指示で生産したのなら、何の問題もない。実際、皆川電工は喉から手が出るほどテレビを欲しがっている。亀井製作所が生産力を肩代わりしたとするなら、在庫は無駄にならない。皆川社長も亀井社長も、地獄に行かずに済む。ウィン・ウィンだ」

 未来は、姚をぎっと睨み付けた。

「ウィン・ウィンなんて、下品な言葉は使わないで」

「いい言葉だと思うが」

「言う側の話でしょう。姚、あなた誰かに『これでウィン・ウィンですね』って言われたらどんな気分になる?」

 姚は一瞬だけ視線を横に逸らした。

「ほざいた奴を殴りたくなるな」

「だったら二度と、当事者の前で使わないで」

 未来の呼びかけを無視し、姚は皆川にしれっと訊ねた。

「皆川社長、おたくの弁護士は我々の提案に頷かなかった。しかし、文句があるとも答えなかった。つまり本提案については、社長の一存で決まります。納入価格は、今からお互いの代表者同士で交渉して決めればいいでしょう」

 未来も、亀井に確認する。

「亀井社長、いかがですか。特許法上の解決策は、ほぼ尽きています。しかし、特許法以外なら、解決策はあります。いかがでしょうか」

 亀井は、しばらく目を泳がせた。亀井の視線が、山積みの在庫に向いた。

「問題はありません」

 姚が皆川に訊ねる。

「皆川社長は?」

 皆川は考え込んだ。

 しかし、すぐに首を横に振った。

「今から契約をしたって、過去の侵害は侵害だ。だいたい発注主にどう説明するってんだ。孫請け自体は問題ない。問題は事前報告義務だ。発注主の奴らは、縦の繋がりには煩いんだ」

 姚は一呼吸した後、淡々と説明した。

「弁護士に、紫禁電氣からの下請け契約を詳細に確認して貰った。受注前から孫請け契約をしている相手なら、例外的に報告義務はない」

 社長だけあって、亀井と皆川は、姚の台詞の意味を即座に理解した様子で、はっと顔を見合わせた。

 皆川が、喉の奥から絞り出したような声で訊ねる。

「あんた、まさか」

 未来の目から見た姚は、まるで魂の取り扱いについて巧妙に隠しながら人間と契約をする悪魔だった。自分も同類かもしれないが。

 姚は皆川に強く問いかけた。

「よく思い出してください。実は亀井製作所と皆川電工は、下請けの契約を結んでいたんじゃありませんか。御社の戸棚を探したら、契約書が見つかると思いますよ」

 皆川の目が怪しく輝いた。

「今から、過去の日付の業務委託契約書を捏造しろってのか」

 姚は、理解できないといわんばかりの表情で、首を傾げた。

「捏造ではありません。契約を思い出して、あるはずの契約書を探すだけです」

「いくらで売るってんだ。こっちは下請けだ。紫禁電氣の発注額の中で製品を作って納品すんだ。奴らは、ほとんど原価と同額で発注してんだ」

「だとしても、タダでぶん盗るとは強欲に過ぎます。安くはないでしょうね。しかし高くもないでしょう。双方ともに同じくらいの妥協をして着地、でしょうか」

「こっちは特許があんだぞ」

「相手が売らないんだったら、意味はありませんよ。今すぐ必要なんでしょう。紫禁電氣への納品期限は?」

「一週間後だ」

「今から、ほかの侵害者を探しますか」

 逡巡する皆川の姿を見て、皆川の手下たちが騒めいた。

「マジかよ」「めちゃくちゃだろ」「いやでも、社長の考えだってそもそもめちゃくちゃだし」「社長以上にめちゃくちゃだろ」

 全員、皆川の手下の表情から、皆川電工の単なる従業員の表情になっていた。

 皆川は、振り向きもせずにその場で怒鳴りつけた。

「何をぺちゃくちゃくっちゃべってやがる! おいてめえら、今から帰って、契約書、探すぞ」

 皆川電工の従業員全員が驚いて固まった。

 姚が微笑みながら未来を見た。

 皆川電工の従業員の一人が、困惑した表情で訊ねる。

「社長、いくらなんでも、ですよ。もしバレたら、紫禁電氣どころか下請法とかいろいろ─」

 皆川は断じた。

「探すったら探すんだよ。死ぬ気でな。ああ、死ぬ気でだ」

 姚が颯爽と皆川の前に進み出た。

「私もお手伝いしましょう。弁護士でも、探し物の手伝いくらいはします。契約書の清書とかも」

 皆川は、しばらく逡巡した。やがて、微笑みながら訊ねた。

「いい度胸してやがるな、嬢ちゃんら。姚さんだったか、特にあんただ。度胸がある。中国人か。中国の商取引事情には詳しいか? 亀井のとこに置いとくにはもったいねえ。うちに来ないか。今の弁護士は、《弁護士ドットコム》で雇った奴でな。専属じゃねえんだ」

 姚は背筋を伸ばして、堂々と答えた。

「アフターサービスが必要な中途半端な仕事はしません。ですので、ミスルトウは顧問契約をしません。あと今回の提案の概要は、大鳳が作りました」

 亀井が、一際高い驚きの声を上げた。

「姚先生じゃなくって、大鳳先生が契約書の捏ぞ─」

 未来は、亀井の首根っこを絞めた。

「声が大きいですわ。皆が生き残れるんなら問題ないでしょ」

 姚は何の気兼ねもなく続けた。

「私は、いつも未来の違法な作戦に従って動いているだけだ。全ての責任は、弁理士、大鳳未来にある」

 未来の手に、若干の力が入った。

「私に全部、責任を擦り付けないで。クリエイティブな発想と表現しなさい」

 ふと、手元を見た。亀井が泡を吹いている。未来はぱっと手を離した。

 どさっと顔を真っ青に─しかし、何かほっとしたような表情で─亀井が床に崩れ落ちた。

 立ったり倒れたりと忙しいクライアントだ。

『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』をAmazonで読む >


あわせて読みたい