国民的女優に中学時代の同級生…。ホテルのロビーに次々と宿泊客が集まりはじめて…/密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック④

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/6

 夜七時、僕は夜月と一緒に食堂棟へと向かった。

 夕食はもう始まっているようだった。食堂の北側の壁は全面、明かり取りの硝子窓になっていて、今は暗闇を映しているけれど、昼間はさぞ開放的だろう。広い室内にはテーブル席がいくつかあって、客たちはそれぞれそこに着いて料理に舌鼓を打っていた。席はあらかじめ決められているようで、僕たちは『朝比奈様・葛白様』と、僕と夜月の名前のプレートが置かれている席に座った。それを見た迷路坂さんが、さっそく料理を運んでくる。

「『シェフの気まぐれオードブル~南欧、西欧、北欧の風とともに~』でございます」

 いきなり謎の料理を出された。どこの国の料理なのかわからない。

「多国籍だよね。このスパニッシュオムレツがスペインでしょ? それでこのカルパッチョがイタリアで、このニシンを使った何かが北欧?」夜月はそのニシンを使った何かを食べる。そして目を丸くした。「何この料理─、めちゃくちゃ美味いやんけ」

「えっ、まじで」

「食べてみ。舌が原形がなくなるくらいトロけるから」

 原形がなくなるのは嫌だが。

 僕は夜月と同じく、そのニシンの料理を食べる。そして思わず「はわわ」となった。

「何だこの料理─、めちゃくちゃ美味いじゃねえか」

「舌がトロけるでしょ」

「トロけるトロける。今まで食べた魚料理の中で一番美味しいかもしれん」

 料理にテンションが上がった僕は思わず「シェフを呼んでくれ」モードになっていた。近くで給仕していた迷路坂さんを指パッチンで呼び寄せる。

 やって来た迷路坂さんに言った。

「料理、とてもおいしいです」

「はぁ、そうですか」

 素っ気ない感想を返された。僕はとても傷ついた。

 そんな僕をほったらかして、夜月と迷路坂さんが会話を始める。

「この料理って、支配人さんが作ってるんでしたっけ?」

「はい、詩葉井が作っております。手前味噌ですが、彼女は都内の一流シェフにも劣らない腕前でして」

「野菜もすごく新鮮ですよね。このトマトとか」

「ああ、それは詩葉井の妹さんが送ってくださったものです。詩葉井には双子の妹がいて、山梨で農家をやっているんです」

 二人の会話は弾んでいた。不思議だった。僕との会話はあんなに弾まなかったのに。

 そこで僕はふと、前から気になっていることを訊ねてみた。

「迷路坂さんと詩葉井さんって、どういう関係なんですか?」

「どういう関係とは?」

「いや、このホテルを二人で切り盛りしているくらいだから、昔からの知り合いなのかなと思って」

 辺鄙なところにあるホテルだし、迷路坂さんはこの館に住み込みで働いている。だから赤の他人ではなく、何かしらの繋がりがあるのではないかと思ったのだ。

 そんな僕の勘は当たったようで、

「はい、確かに以前からの知り合いです」と迷路坂さんは言った。「詩葉井は私の高校時代の恩師なんです。卒業してからもちょくちょくと会っていたのですが、ある日彼女が学校を辞めてホテル経営を始めると聞いたので。何となく私も手伝うことになったんです。ちょうど、ニートだったので」

 ニートだったのか、と僕は思う。

「それにしても凄いですよね」とニシンを食べながら夜月が言った。「詩葉井さん、まだ三十歳くらいでしょう? それなのにこんな大きな館を買うお金があるなんて」

 そう感心していた夜月はふと、何かに気が付いたような顔をする。人差し指を立てて、おずおずと訊いた。

「もしかして、宝くじが当たったとか?」

「いえ、違います」と迷路坂さんは首を振った。「でも、それに近いものがあります」

「近いもの?」

「詩葉井は昔からかなりモテるんです。特に年上から」迷路坂さんはそう告げた後、少し声を潜めて言う。「私が高校を卒業したくらいのころに、詩葉井は四十ほど年の離れたお金持ちと結婚して、その一年後に彼と死別して数十億の遺産を手にしました。そのお金でこの館を買って、今は気ままにホテル経営をしているというわけです」

「なっ、なるほど」と夜月は言った。「詩葉井さんにそんな過去が」

「はい、詩葉井は魔性の女です」と迷路坂さんは言った。「教師時代も男子生徒と付き合ったりと、いろいろとやらかしております。でも不思議と、生徒に好かれるいい教師でした」

 迷路坂さんは、最後にそうフォローして去っていった。フォローになったのかどうかは謎だったが。

<第5回に続く>

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