「子どもに人生のヒズミを作ってあげたい」受賞率100%の絵本作家・たなかひかるが作りだす“違和感”の正体とは? 新作『すしん』を聞く

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/11

たなかひかるさん

 絵本デビュー作の『ぱんつさん』(ポプラ社)、『ねこいる!』(ポプラ社)、『おばけのかわをむいたら』(文響社)。たなかひかるは、出版した絵本が受賞率100%を誇る注目の絵本作家だ。お笑い芸人でありながら、田中光名義のギャグ漫画『サラリーマン山崎シゲル』がSNSでバズり続けるなど、異色の経歴を持っている。

 2月8日、そんなたなかひかるの待望の4作目『すしん』がポプラ社より発売された。寿司に車輪が装着されて走り出したその先には…という奇想天外な内容の新作『すしん』について聞いてみた。

(取材・文=さわだ 撮影=島本絵梨佳)

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「なんかわからんけど面白い」でいい

すしん
すしん』(たなかひかる/ポプラ社)

ーー『すしん』ってなんなんですか?

たなかひかるさん(以下、たなか):何って聞かれても意味はないんです(笑)。でも寿司って良くないですか? 並んでる姿も色みもサイズ感も絶妙でなんか良い。料理としてもお米に魚の切り身を乗っけるってちょっと変です。新鮮なほど良くて、生きている魚を目の前で捌くってパターンもある。日本の伝統料理として確固たる地位を築いてるのに、よくよく考えるとちょっと変なんですよ。“すし”って言葉の響きもどこにも力が入りきらない感じがあって好きです。

ーー『すしん』では、寿司のような車のような物体が「すしーん!」と走り抜ける描写がありますね。

たなか:寿司に疾走感をつけたかったんです。そこに「すしーん!」という擬音で遊ぼうと思いました。他にも色々な擬音を「すし」に置き換えて使っています。使ってはいませんが、救急車の「ピーポーピーポー」を「すーしーすーしー」にしたり、電車が「すしん! すしん!」って走ったり、船の汽笛が「すしー!」っ鳴るなど色々考えていました。

ーー描く上でこだわった点は?

たなか:『ねこいる!』は線少なめであまりリアルな猫にしなかったんですけど、『すしん』は存在感を出すために生々しくしたかったんですよ。やりすぎるとグロテスクになるので多少コミカライズしながらも、生っぽさはだけは残すようにしました。

すしん p.2~3

 寿司の存在感を引き立てるために、影にもこだわりました。ひとつひとつ寿司の模型を作り、ライトを照らしてできた影を参考にするんです。寿司が動いてちょっとネタがめくれている瞬間の模型もわざわざ作ったので、一番苦戦したのは影かもしれません。寿司以外の情報を遮断したかったし、ただそこに寿司が存在する不気味さを出すために背景はすべて白にしました。

寿司の模型
寿司の模型

ーー「すしん」がなんなのか、少しだけわかった気がします。

たなか:たまに「意味がわからない」って言われるんですよ。でも、僕本人が意味を込めてないからそりゃそうだなと(笑)。ただ、寿司に疾走感を与えたい、寿司を生々しく描きたい、寿司が面白くて好きだ、『すしん』には僕の欲求が詰め込まれているだけですね。

ーーたなかさんの過去の作品も意味がないような気がしてきました。

たなか:ですね。「なんかわからんけど面白い」。それでいいと思っています。そもそも意味があるものなんてないんですよ。僕自身、意味があって生まれてきたわけじゃないじゃないですか。ただ、描きたいと思ったから描いた。作りたいと思ったから作った。読んで面白いと思った。それだけでいい。意味なんて後からついてくるものですよ。

「オカン、あの絵本なんやったん?」

たなかひかるさん

ーー絵本には昔から興味があったのですか?

たなか:両親が学校の先生だったので、家に絵本がたくさんあったんですよ。好きだったのはちょっと不気味で、違和感の残る作品ですね。タイトルも内容も思い出せないけど、大人になって「あの絵本なんやったん?」みたいなのありません? 綺麗にまとまっている作品ほど忘れてしまいますが、違和感のある作品は意外と頭の片隅に残っている。

『三びきのやぎのがらがらどん』(福音館書店)って童話は知ってます? 3匹の山羊がでっかいトロールから逃げる話なんですけど、ちょっとやりすぎなんですよ。トロールの目をツノで抉ったり、「いや、そこまでせんでよかったんちゃう??」って(笑)。これはちょっと怖すぎますけど、やっぱり大人になって思い出すのはそういうインパクトのある作品ですよね。

ーー他にどういった作品が好きでした?

たなか:絵本作家でいうと、長新太さんですね。小さい頃に読んだあの人の狂気みたいなものが、今でも僕の中に残っています。漫画家のつげ義春さんは小さい頃に読んでよくわからなくて、大人になって改めて読んでもやっぱりわからない(笑)。でも心地よかったり、不気味だったり、心が動く。

 僕もそうやって子どもたちに人生のヒズミみたいなものを残してあげたいです。数十年後に「なんか変な絵本あったな。オカンあれなんやったん?」って言ってもらいたい。

「より、説明がいらないのが絵本だった」

すしん p.6~7

ーーお笑い、漫画、絵本、それぞれ作り方に違いはあるんですか?

たなか:「M-1グランプリ」や「キングオブコント」みたいな賞レースが特にそうなんですけど、「わはははー!」っていう大きな笑い声がないと、お笑いってウケたことにならないじゃないですか。本当は笑い声が起きづらくても面白いものはあるのに、声が上がらないと評価されない。短い時間でお客さんに理解してもらってパッと笑いを生むには、わかりやすさが大事になってきます。

 でも、僕は説明が多いものがあまり好きじゃなかった。できるだけ省きたいという欲求が昔からあった。そういう意味では、舞台のお笑いよりも絵で表現できるぶん漫画の方が合っていました。それでも流し見されがちなSNSでは、やっぱり説明台詞は必要になってきます。そんな中で、より説明がいらないのが絵本でした。「なんかわからんけど面白い」に一番向いてるのが絵本だったんです。

ーー「面白さを自分で見つける」という学びにもなりますよね。

たなか:それは本当に大事なことだと思います。僕が意図していないことでも、読んだ子どもたちが自分なりにどこが面白かったのかを見つけてくれたらすごく嬉しい。受け取る側にそういう力がないと、世の中のエンターテインメントが面白くなくなってしまいます。

読み手の力が問われる絵本? 「ワイワイキャッキャ読んでもらいたい」

たなかひかるさん

ーー「R-1グランプリ2022」王者のお見送り芸人しんいちさんと、田中上野というユニットを組んでましたね。当時のネタのテイストが絵本にも残っているような気がします。「大人が読んでも面白い」と評判のたなかさんの絵本ですが、大人を笑わせようという気持ちもあるのですか?

たなか:いや、そこは意識していません。ただ、大人の僕が面白いと感じたものを子ども向けに落とし込んでいるだけなので、大人の方からそう言っていただけるのはわかりますし、単純に嬉しいです。絵本もフリップネタも「ページを開いたら予想外のことが起きている」という構造は一緒なので、笑いやすいようになっているのかもしれませんね。

ーーまた2人で活動はしないんですか?

たなか:もともと彼が全然売れていなかったときに、何かのきっかけになればと組んだユニットでした。でももう彼は売れているし、僕は僕で表に出たくないし、やらないと思います。

ーーたなかさんは表に出たくないんですか?

たなか:そうですね。『サラリーマン山崎シゲル』を描き始めたあたりから、自分が表舞台が得意ではない人間なんだと気づきました。もちろんお話があればありがたく出ますけど、自分から出ていこうという気持ちはないです。田中上野のときも、絵とネタを描いたらあとは彼が曲をつけて歌うだけ。僕の舞台上の役割はフリップをめくるだけでした(笑)。

たなかひかるさん

ーー最後に、絵本を子どもに読み聞かせする親御さんにメッセージをお願いします。

たなか:『ねこいる!』もそうなんですけど、僕の絵本って力を入れて読んだ方が子どもにウケるんですよ。だから子どもと一緒に楽しんでもらいたいです。でも、絵本を読むのも大変じゃないですか? 仕事して家事してやっと寝かせるってときに、全力で『バババーン!!』とか『すしーん!!』とか、擬音に気持ちを込めるのは難しかったりする。その点は本当に申し訳ないです(笑)。

ーー私も子どもに読み聞かせたとき、一度目は全力でやってウケたのですが、二度目に手を抜いたら「そうじゃない!」って言われました(笑)。

たなか:そうなんですよ。だから期間をあけたり、声色を変えてみたり、親御さんも飽きないように工夫してほしいですね。絵本に書いてないことを足してもいいので、お子さんとワイワイキャッキャ楽しんでくれたら嬉しいです。

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(2月15日(水)23:59まで)
https://www.poplar.co.jp/topics/57562.html

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