2000年の時を小さな遺物がつなぐ、そのロマンを鮮やかに描きたい

新刊著者インタビュー

更新日:2013/12/4

古代史最大の謎の一つにも迫る大胆な発想のもとは?

 そして、先述した大胆かつ説得力のある“古代史最大の謎にまつわる仮説”。その発想は、いつ頃から桑原さんの中に生まれていたのだろうか?

「まず、“皇統がどこからやってきたのか?”というのは、 『炎の蜃気楼』シリーズの後半を書いている頃から、少しずつ興味を持ち始めていました。そんな折、たまたま宮崎県の西都原に行く機会があり、そのときに古墳を見たり、日向辺りの文化がどこからやって来たかという展示を見たりすると、やはり南方から文化が入ってきたとあって。では、天孫降臨の地といわれるように皇統は日向から出たという説もあるので、それのもっと南といえば、もしかしたら沖縄まで行けるんじゃないかと。そうしたら沖縄にも海底遺跡があるとわかり……というふうに、古墳時代や、邪馬台国の頃の日本と沖縄を結びつけられるのではないかという発想は、わりと以前から自分の中であたためてはいました」

 そして、今回、『記紀』や東大寺関連の資料をあたり、さらにその手掛かり=史実に作家ならではの想像力と直感力をプラスして完成したのが本書。古代史好きにはたまらない説得力あふれる仮説=謎解きなのである。

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「ベースは史実で、まったくのフィクションではないので、自分の好き勝手できる範囲というのは限られている。だから、謎解きにまさに説得力を持たせるために、史実や遺物から何をどのくらい持ってくれればいいかというさじ加減みたいなものは、かなり心を砕きました。でも、基本的には好きな分野ですし、また“こうであったらいいな”と想像して調べていくうちに、それを裏付けする何かが新たに出てきてくれたりもして。たとえば実際に沖縄の海底遺跡から緑色琥珀が出てきたり─。ですから、そういう部分にアンテナを張って探すのも、実際にトレジャー・ハンターになったような気分もあって。大変な中にも、私自身の知的好奇心を大いに刺激してくれる楽しい発見もたくさんありました」

 本書を書くにあたっての奈良から琉球にまで至る古代史探訪。その中で、奈良でも沖縄でも、予想以上の手応え=発見が得られたという。

「本書の後半の舞台にもした石垣島、与那国島などに行ってきました。現場に行かないと、やはり距離感やスケール感が掴めないと思って。ですから、行ってから書き加えた要素もけっこうあります。たとえば、中にも書いた“サビチ洞”などに行くと、昔の人が住んでいた跡や壺が、やっぱりちゃんとある。それを発見していくのは本当に楽しかった。ただし、台風には当たりましたが。日本最西端の岬“西崎(いりざき)”では、まさにTVの台風中継みたいに傘がひっくり返ってしまい……でも、今思えば、あれも琉球独特の風土を肌で感じられたとてもいい体験ですね(笑)」

 

人の想いがあってこそ歴史があるというこだわり

 そして奈良では、古墳の奥深さに改めて魅了されたという。

「昔から、奈良のお寺が好きで、よく行っていたんですが、古墳は目の端に“あ、箸墓あるな”というぐらいの認識だったんです。でも、古墳にスポットを当ててみたときのこの面白さはなんだろうと。ひとつ見てみると、やっぱりいろんな古墳を見てみたくなるんですね。古墳も時代によって本当にいろいろありますし。

たとえば最初の天皇といわれる崇神天皇稜も、一見ただの丘だけど、きっと中にはすごい遺物が眠っているんだろうなぁ、とか。奈良は古代史のメッカで、最近纏向遺跡から邪馬台国の跡といわれるものが出てきたりして、ある意味すごくホットではあるんですが、現場に行くと、何か懐の中に入ったような、やさしい感じがすごくあって。ああ、ここで文化が成熟していったんだなぁというような、懐かしい感じもあるんです。古墳から出土した遺物にも不思議なぬくもりがある。遺物は何も語りませんけれど、たとえば琥珀の勾玉一つでも、実際に実物を見ると、伝わってくるものがあるんですよね。2000年の隔たりはありますけれど、昔、それを作った人がいると思うと、古代に生きた人たちの血肉が感じられるような、不思議な懐かしさやぬくもりを実感することができる。

だから、本書では、そんな小さな遺物=一欠けらの緑色琥珀がすべてをつなぐ物語にしたかったんですね。奈良と沖縄。古代と現代。さまざまな時間、空間、出来事、人の想いを、一つの遺物がつなぐ。そこを鮮やかに書けるようにということが、本書を書いているときの私自身の醍醐味でもありました。歴史物、特に古代は古文書もほとんど残っていませんし、“絶対にそうだ”とはまったく言えないものなのですが……でも、発掘された一つの遺物を通じて、古代の人たちの存在感を感じられたときのロマンや充実感みたいなものが、読者の方々にも感じられる一冊になっていればいいなと思っています。私はいつも小説を書くときまずプロット=物語ありきではなく、人の想いがあって初めて物語や歴史があると思っているので、この本も無量や萌絵、忍など登場人物たちのさまざまな“想い”が伝わるものになっていれば、とても嬉しいです」

(取材・文=藤原理加 写真=森 栄喜)

紙『ほうらいの海翡翠  西原無量のレリック・ファイル』

桑原水菜 / 角川書店 / 1470円

西原無量は天才的な若き遺物(=レリック)発掘師。奈良の上秦(かみはた)古墳での発掘調査中、文化庁のエリート職員となった幼なじみの忍と約10年ぶりに再会する。だがその夜、発掘を主導する三村教授が何者かによって殺害される。そしてその死には、実は、無量が発掘した“蓬萊の海翡翠”=緑色琥珀にまつわる壮大な秘密が関わっていた──。