『情熱大陸』出演後の反響は? ヨシタケシンスケさんの口癖から生まれた『それしか ないわけ ないでしょう』

文芸・カルチャー

2018/12/12

 10月21日に放送された『情熱大陸』にも出演し、デビュー5年にして押しも押されもせぬ大人気絵本作家となったヨシタケシンスケさん。ご本人の口癖がきっかけで生まれたという最新作『それしか ないわけ ないでしょう』にこめられた思いとは? お話をうかがった。

『情熱大陸』出演後の反響は……? デビューから5年を振り返る

――『情熱大陸』出演後、反響はありましたか?

ヨシタケシンスケ(以下、ヨシタケ) 嫁のママ友たちから「見たよ~」と言われました。「長男の朗読がよかった」という感想がほとんどで、変な炎上をしなくてほっとしています(笑)。次男も含め、基本的に見せ場はすべて子どもたちにもっていかれましたし、僕自身はあんまり変わらないですね。変わらないようにしようとも思っています。やっぱり、少しずつ読者が増えてきて、ヨシタケシンスケという名前が浸透してきたのは本当にありがたいと思う反面、妙な自意識との闘いもやっぱり生まれてしまう。でも、だからといって僕にできることは、普通にまじめに仕事することだけですから。

――すでに15冊以上の著書が刊行されていますが、これだけコンスタントに絵本を出されていると、ハードルもあがっていくのでは。

ヨシタケ そうですね。やっぱり、僕の絵本だから読んでみようと思ってくださる読者さんが一定数いる、という状況には常に緊張しています。ただ、読者を意識しすぎるとあまりいいことにならない気はしていて、よくも悪くも人の目を気にせず、そのときの自分が興味をもっていたり面白がったりしていたことを絵本にした結果受け入れてもらえた、という感覚が強いので、そこも含めて、自分がどこまで変わらずにいられるかが大事だなと思っています。

――新刊の『それしか ないわけ ないでしょう』は、ご自身の口癖から生まれたとか。

ヨシタケ そうですね。この5年間、取材でも言い続けてきたことなのですが、“子どもたちの選択肢を増やす”というのが大人にできることの一つなんじゃないかと思っていて。何でもない日常も考えようによってはこんなにも面白がることができるんだ、ということを絵本の形で示していきたいんです。そうすると、他でもない僕自身が救われるんですよね。日々のどうでもいいことに、いちいち落ち込んでくよくよしちゃうので、どうにかしてふざけて面白がりたい。それを今回は直球でやってみました。

――『ふまんがあります』『もうぬげない』『つまんない つまんない』……ヨシタケさんの絵本のタイトルはすべてポップで、子どもたちが真似しやすそうなところがいいですよね。

ヨシタケ 真似したくなるかどうかは大事なポイントだと思っています。あとは、『それしか ないわけ ないでしょう』というタイトルだったら、“それ”ってなんだ? って気になるじゃないですか。そういう、突っ込みどころや隙間のあるタイトルをつけたいなというのは毎回思っていますね。タイトルが見つからないと、僕自身も描くうえで盛り上がっていかないんですよ。『おしっこちょっぴりもれたろう』なんて、それが言いたかっただけですし(笑)。

――あれはズルいと思いました(笑)。

ヨシタケ ふふふ。ズルいでしょう(笑)。だってそんなタイトルの絵本があったら、読みたいじゃないですか。僕だったら絶対に本屋で立ち読みします。

――『情熱大陸』で次男さんが「次はうんこがいい」って言ってましたね(笑)。

ヨシタケ 『りんごかもしれない』だったら、次はバナナでしょうとか、そういう安易なパロディを思いつくようなタイトルは、覚えやすいし声に出しやすいんですよね。タイトルを聞いたときにそれぞれの頭のなかに情景が浮かぶであろう言葉は選んでいます。

未来を自分で選んでいいんだということを、子どもの頃の自分は教えてほしかった

――『それしか ないわけ ないでしょう』では、お兄ちゃんに脅され、つらいことしか待っていない未来に絶望する妹に、おばあちゃんが言います。「それしかないわけないじゃない!」「みらいはたくさんあるんだから!」。

ヨシタケ これも、僕自身が言ってほしい言葉というか(笑)。いま、日本国内だけでなく、世界的にも明るい未来を思い描きにくい雰囲気があるじゃないですか。僕は常識的な価値観みたいなものにすぐがんじがらめになって「ああしなきゃいけない」「もっとこうするべきなんじゃないか」と考えてしまう。そういうときに「大丈夫だよ!」と誰かに言ってもらえたらほっとしませんか? 少なくとも僕はするし、子どもたちにも言ってあげたいなあと。

――確かに、大人はすぐに「~すべき」にとらわれて、その意識を子どもにも押し付けてしまいがちですよね。

ヨシタケ 僕が子どもの頃悩んでいたことの多くは、「選んでいい」ことを知らなかったがゆえだった気がするんです。たとえば中高生のころ、やりたいことなんて1つもなくて「将来の夢は?」と聞かれるたびに落ち込んでいた。だけど別に、夢なんてなくたってどうにかなるし、作家になりたいともなれるとも思っていなかった男が、こうして絵本を描いていたりするわけです。作家なんて自己主張のかたまりみたいな人しかなれないと思っていたけど、そうじゃなかった。僕が唯一主張できることは「声を大にして言いたいことなんて何もありません!」ってことだけですけど(笑)、それでもなんとかやっていけるんです。

――夢をもつことで導ける未来もあれば、夢をもたないことでたどりつける場所もある、と。

ヨシタケ おかげで今は、何もなかったあの時期を過ごすことが僕にとっては大事だったんだ――と、“思い違える”ことができている。そんな僕だから、「大丈夫、どうにかなるよ」ってことだけは、子どもたちに胸を張って伝えられるんです。それこそがあの頃の僕がいちばん教えてほしかったことでもありますし。

 ただ、成功例と失敗例は必ずセットになっていて、そこもちゃんと伝えていかなきゃいけないなと思っています。「そのままのあなたは大丈夫よ」と無責任に言うのはなんか違うなあと思うし、そんなわけねえだろって子どもながらに感じていた覚えはあるので(笑)。いいこともあれば、悪いこともある。いいか悪いか、そのどっちかだけのわけがないよね、ってことを伝える言葉のレパートリーを1つでも2つでも増やしていければいいなと。

無難なものを選ばざるを得ない人生で、自分の「好き」を愛でていく

――希望を伝えることと、きれいごとにならないこと。その塩梅が難しそうですね。

ヨシタケ そうですね。そのバランスが命なので。『それしか ないわけ ないでしょう』では、おばあちゃんと妹が「やっぱり未来っていいよね」って再確認しあうんですけど、ここで終わらせるのもありだなと最初は思ったんです。でもそれはなんだか悔しくて。「未来は素晴らしい!」という結論は確かに美しいし、確かに正解なんだけど、なんだかもやもやしてしまう。未来は素晴らしいのはわかった、それしかないわけないのもわかった、じゃあそのあとどうすればいいの? と。何か1つでいいから、そのあと待ち受けている日常をよいものに変えていく具体例を示さないと、ずるい気がするんです。それが今回は、卵でした。

――夕飯の卵料理を、ゆでたまごと目玉焼きどちらがいいか聞かれて、娘は怒りますね。「お母さん、それしかないわけないでしょう!」と。

ヨシタケ 卵だったら誰の家にもあるし、なに卵がいい? っていう遊びにも変えられる。特に子どもたちは、そういう具体的な方法を示してあげないと、わからないと思うんです。とっかかりが1つあれば、「じゃあマヨネーズはどうする?」「サランラップって、どうやって使う?」というように、身近なものに置き換えながら思考を育てていける。人にものを考えさせるのって難しいんですよ。結論だけ与えて、あとはよろしくって言っても、たいていそれ以上には発展しない。

――確かに、未来っていいわね、という結論で「なるほど」とは思うかもしれませんが、次の日には忘れていそうです(笑)。

ヨシタケ そうなんです。いいことを言うのは気持ちいいし、言われたほうもその場は気持ちが沸き立つんですけど、持続しない。それはなぜかというと、応用がきかないから。たとえば「愛は大事」というのはみんな知っている正解だけど、正解すぎてそれ以上どうすることもできない。じゃあ、どういう形の愛が大事? これは? あれは? とアプローチの仕方を変えて、具体的にその考え方で遊ぶ方法を見つけることで、自分の人生にしみこませていくことが大事なんじゃないかなって。それができたほうが、絶対楽しいじゃないですか。

――決められずに迷う、わかんないという事態に陥る、という選択肢を得ることもきっと大事ですよね。たとえば喫茶店で「いつもの」を選ぶにしても、いろいろ試したり考えたりしたうえでたどりつくなら、平凡だって変化がなくたってかまわない。

ヨシタケ 人生って、最終的には無難なものを選ばざるをえないことが多いんですよ。だけど、それが悪いわけじゃないし、人と違っていることが必ずしもよいこととは限らない。大事なのは選ぶまでに何を考えたかで、それがその後の人生にちょっとずつ変化をもたらすはずだと思います。そういうことを読み取れる作品を描きたいんですよね。自分の「好き」や「嫌い」といった価値観を大切にする気持ち。けっきょくそれかよ! っていうところも含めて面白がる気持ち。常連さんが頼む「いつもの」と、同じものを一見さんが頼んだとしても、そこに含まれる意味合いは違う。その意味合いの違いを愛でていくのが人生なんじゃないかなと思います。

――何よりも自分自身で選ぶことが大事だと。

ヨシタケ 誰かの選択肢を奪うことが、人としてやっちゃいけないことの1つだと思いますし、誰に制限されたわけでもないのに、奪われていると勝手に思ってしまうことも避けたい。2択から選ばなきゃいけないような気がしていたけど、よくよく考えるとそんなことはなかった、もっと自分で選べたはずだった、という後悔をしないように、最初から「もっと選んでいいんだよ」ということを伝えたいなと今回の作品を描いていくなかでは特に思いました。

 今の子たちは景気のいいときを知らなくてかわいそうとか、豊かすぎてハングリー精神がないとか外野は勝手をいうけれど、「かわいそう」しかないわけないでしょうと僕は思う。かわいそうな人もいるし、だからこそ楽しくやっている人もたくさんいるはず。私がかわいそうかどうかは私が決めることであって、社会が決めることではない。選択肢はすべて自分の中にあるという、しごく当たり前だけど忘れがちなことを、絵本を通じて伝えていけたらなと思います。ほかならぬ自分自身が、見失いがちなことだからこそ。

【後編はこちら】ヨシタケシンスケさんの新作は、超大人向けの“いやらしい話”!?

【絵本のレビュー】
女の子がいろいろな未来を想像!? ヨシタケシンスケの最新絵本『それしか ないわけ ないでしょう』

取材・文=立花もも 撮影=花村謙太朗