木梨憲武「祖師ヶ谷大蔵の商店街で育った僕は、近所の大人たちに育ててもらった」【後編】

文芸・カルチャー

2019/7/15

【前編はこちら】

 木梨憲武さんが、これまで大切に描いてきた「手」と「あいさつ」――「REACH OUT」という大きなテーマのもと誕生した、親と子が一緒に読んで楽しめる“コミュニケーション絵本”、それは“小さな展覧会”でもある。日本各地を巡回する「木梨憲武展 Timing―瞬間の光り―」では絵本の原画も展示。1ページ、1ページのなかに、木梨さんが込めた想いとは――?

 ページをめくっていくと、あたたかな紙の手触りにふと気付く。それは、木梨さんの描いた凹凸ある原画の質感にできるだけ近づけるためのこまやかな心配り。そしてちょっと大きめの絵本の形は、見開きで原画とほぼ同じサイズ。この絵本は、“小さな展覧会”でもあるのだ。

『きもちのて』(きなしのりたけ/双葉社)

「日本各地を巡っている展覧会では、7月13日より開催する静岡の浜松市美術館から、この絵本の原画も展示します。原画には絵本のように文字が入っていないから、見た方がそれぞれ手の形、色彩から、それが表すものを自由に感じていただきたいですね」

 展覧会でもきっと、ずっと見ていたくなる、“あいしてるよ”の“きもちのて”が描いてあるページは、心がほっこりするようなきれいなピンクと水色。

「重なった2つの手も、女の人から愛しているのか、男の人の方がいっぱい愛しているのか、それとも両方、言葉の上だけの“あいしている”なのか、見る方や、その人のそのときの気持ちによって捉え方は違ってくると思うんです」

「子どもに向けた絵本ではあるけれど、ここに描いたものは、展覧会の図録にも近い、自分の作品の選抜」という絵のなかには、これまで展覧会でも、来場者の目と心を惹きつけてきた、たくさんの手がある一作や、木梨さんがデザインを手掛けたGAMBA EXPO 2019で、ガンバ大阪の選手が着用する記念ユニフォームの背景を違えたものも。ページをめくったら次は何が出てくるのか? その順番も含めて、びっくり箱のような楽しさがある。

「色、形を考えつつ、“あ、こっちがいいかね”と、ページの順番を考えていきました。ストーリーがあったり、キャラクターが出てきたりするなら、ページの順番ってそこで決まってしまうけど、この絵本にそれはないから。“さようなら!”が、最後ではなく、真ん中あたりに入っているように、出てくるあいさつの順番も自由にして。強いて言えば、子どもたちが意外と早くに口にしていくあいさつがはじめの方に来ているかもしれませんね。それをバランスよく、めくったら、次、めくったら、次……という風に見てもらいたいなって」

 いちばん最後に描いたのは、たくさんの手から、いろんな気持ちが飛び出してくるような表紙の絵。

「この絵本のために、35枚の絵を描いたのですが、最後の方は、2人くらいの手より、大勢の手をどんどん描きたくなってきたんです。この絵本の創作もそうですけど、僕がずっと携わってきているテレビやラジオなども仕事も、大勢で、団体でやっている。結局、ひとりでやっていることって何もない。そのとき、そのときで、することも一緒に携わっていく人も変わるけど、どれもみんな、“チームでゴー!”なんですよね」

 それは、この絵本を描くときに、思い起こしていた自身の幼い頃のことから、結局、ずーっと変わらない、と木梨さんは言う。

「うちの親父やおふくろがよく言うんですけど、祖師ヶ谷大蔵の商店街で育った僕は、そこにいる近所の大人たち、みんなに育ててもらったって。“危ない”とか“ダメ!”とか怒られながらね(笑)。そして学校に行ったら、たくさんのいろんな子がいて。そこでは、ひとりひとり違う環境からスタートしてきた子たちが、一緒に机を並べて、勉強したり、スポーツしたり。もう少し大きくなれば、部活に入って、レギュラーになる子もいれば、応援に回る子もいる。みんなそれぞれで、ひとりひとりなんだけど、その横には、周りにはいつも、家族がいたり、仲間がいたり。そして、それは大人になってもずーっと変わらない。25年もの間、『REACH OUT』を、僕が変わらずに描き続けているのは、きっとそういうことなんだなと思います。そして、この絵本では、小さい子たちに向けて、そのことを表現したかった」

 自分の気持ちを伝えあう人はいるよ、今も、これから先もずーっと。だから、どんどん手をつなぎ、心をつなげていこう――。そんなまぁるい気持ちが、この絵本のなかからは次々と飛び出してくる。

「子育てをしていると、“わかった!”“ほんとにわかった?”“え、なんだっけ?”“だからー”みたいなやりとりを繰り返してばかりの時期って、しばらくありますよね。そこで、少しずつわかっていったり、本当にわかったり、何回言ってもわかんなかったり(笑)。“なんで、なんで?”のなんで病の時期も長い(笑)。そのなかで、少しずつコミュニケーションが生まれていく。そんな小さな子を真ん中に、それぞれのご家族のテーマで、この絵本を使い勝手よく読んでいただければうれしいなぁ」

きなし・のりたけ●1962年、東京生まれ。とんねるずとして活躍する一方、アトリエを持ち画家しても活動している。2018年7月からスタートした「木梨憲武展 Timing―瞬間の光り―」は日本各地を巡回中。日本だけにとどまらず、ニューヨークやロンドンでも個展を開く。キットカット45周年記念パッケージや東アジアE-1選手権2019の大会公式球のデザインも手がける。

取材・文=河村道子 撮影=花村謙太朗