「芸人が丸ごと描かれていて、私の日記かと思った」――一穂ミチ『パラソルでパラシュート』をお笑いコンビ・蛙亭はこう読んだ! 《インタビュー》

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/27

蛙亭

 できることも、やりたいことも何もない。29歳で大手企業の受付で契約社員として働き、崖っぷちの柳生美雨が出会ったのは、お笑いコンビ・安全ピンの矢沢亨。彼が暮らすシェアハウスに出入りし、相方の弓彦や芸人仲間と過ごすうち、美雨の毎日は少しずつ輝きを帯びていく。

『スモールワールズ』が第165回直木賞候補になり、第43回吉川英治文学新人賞を受賞、さらに4月6日(水)に発表される2022年本屋大賞にノミネートされ、注目を集める一穂ミチさん。『パラソルでパラシュート』(講談社)は、そんな一穂さんが2021年11月に上梓した長編小説だ。

パラソルでパラシュート
『パラソルでパラシュート』(一穂ミチ/講談社)

 作中では、30歳を間近に控えた美雨の胸中だけでなく、お笑い芸人の日常、さらにはコントや漫才のネタまでそのまま描かれている。この小説を、お笑い芸人はどう読むのか。キングオブコント2021のファイナリストであるお笑いコンビ・蛙亭のおふたりに、率直な感想をうかがった。インタビュー中には、思わぬハプニングも!?

(取材・文=野本由起 撮影=島本絵梨佳)

advertisement

「結成10年目の精神状態も、『ああ、わかる!』ばっかりでした」(中野)

蛙亭

――おふたりは普段から本を読むほうですか?

蛙亭・中野周平さん(以下、中野):最近は全然読んでなくて。高校時代は乙一さんが好きで読んでいたんですけど、もう10年ぐらい本から遠ざかってますね。

蛙亭・イワクラさん(以下、イワクラ):小学生の頃は、本がめっちゃ大好きで読んでました。「かいけつゾロリ」とか「こまったさん」っていうシリーズとか。大きくなってからは読まなくなったんですけど、星新一さんのショートショートはネタを考える時に面白い発想が出てくるかなと思って読んだりしていました。

――イワクラさんは、文芸誌にコラムを発表しています。書くことへの興味はありますか?

イワクラ:興味はめちゃくちゃあります。書いてみたいなとは思うんですけど、書き方がわからなくて……。

中野:僕、占いの企画で「文章を書いたら成功する」って言われたんですよ。才能が眠ってるんだったら、呼び覚ましてあげようかなって思いますね。まったく書いたこともないですし、書けるとも思わないんですけど。

イワクラ:(中野さんのほうを見て)え、ちょっと待って! ……メガネのレンズ取れてるやん。

中野:えっ……!? あ、ほんとだ。かたっぽ取れてる……。

――意外と気づかないものなんですね(笑)。

イワクラ:マジでなんなん、こいつ(笑)。

中野:え、いつからだろ……(編注:インタビュー前に写真を撮影した時点で、すでにレンズを紛失。写真を拡大すると、右のレンズがないのがわかるかも? なお、なくなったレンズは楽屋付近で見つかりました)。あ、でもダテ眼鏡なんで大丈夫です!

――では、ひとまず眼鏡は外していただいて……。

蛙亭

イワクラ:すみません、ほんとに……。

――気を取り直してお話を。『パラソルでパラシュート』を読んだ率直な感想を聞かせてください。

イワクラ:芸人が丸ごと描かれているのがすごすぎて……。誰かに密着取材したんですか?

――いえ、(作者の一穂ミチさんによると)事前取材はされていないそうです。日頃から芸人さんが出ているテレビやYouTubeを観たり、ラジオを聴いたりされているそうですが。

中野:え、ほんとですか? 実はめっちゃお笑い好きだけど、恥ずかしくて言ってないだけじゃないですか?

イワクラ:めっちゃ私の日記かと思いました。どの芸人が読んでも「わ、自分と似てる!」ってびっくりすると思う。

――どういうところにリアリティを感じたのでしょうか。

イワクラ:まず、芸人の生活がそのまま描かれているのにびっくりしました。そこに、主人公の美雨が加わって。芸人じゃないしファンでもないからこそ、芸人に対する質問も嫌な感じがしないんですよね。「うるさ。そんなしょうもないこと聞いてくんな」ってならずに、普通に働いてる美雨が近くにいることが逆に刺激になるんです。過去の自分ともリンクするところがいっぱいあって、めちゃくちゃ面白かったです。

中野:芸人のルームシェアに混ざるなんて、嘘みたいじゃないですか。でも、実際ルームシェアしてると芸人が彼女を連れてくることってあるんですよ。鍋やってて、「今日、彼女も来るわ」みたいな。この小説では、そこから家に入りびたって一緒に生活するところまで行きますけど、その風景もイメージできました。

 あと、作中のお笑いコンビ・安全ピンが10年目っていうのも、我々と同じですよね。つい先日も同期の仲良かったヤツが芸人辞めたし、10年目っていう謎の数字から来る精神状態がすごいリアルで。ちょっとだけ売れてるけど世間には知られてない状況とか、すごく狭い世界でやってる感じも、全部が「ああ、わかる!」ばっかりでしたね。僕は安全ピンほど熱くないですけど、それでも共感する部分はいっぱいありました。

――やっぱりコンビを結成して10年目になると、結成当初とは気持ちも変わってくるのでしょうか。10年目という節目の年について、おふたりは思うところはありますか?

イワクラ:私たちは、やっぱり賞レースで優勝したいという気持ちが強いので。この小説で亨とルームシェアしてる芸人(ネバーくん)も、10年ってリミットを決めて賞レースで結果を出せなかったから辞めていきましたよね。自分も同じような考えでずっとやってたので、10年目で区切りに考えるのもすごいわかるし、やっぱり感情が入りました。

中野:僕は全然そういうのがなくて。「10って数字に意味はあるのか?」みたいな感じなんです。10年だからどうこうじゃなくて、自分で決めろよって思う。

イワクラ:若手が出られる賞レースが、大体10年目までなのでそこをひと区切りにしてるんですけど。でも、小説の中でも言ってましたけど、やっぱり「おもろいやつ」には勝てない。NSCに入ったら「あ、こいつすごいな」っていう天才がいっぱいいたんで。そういう人に対して負けを認めた時とか、「これだけやっても賞レースで優勝できないんだ」って思った時に、潔く辞められるのかっていう葛藤も描かれていて、自分とすごく重なりました。相方はドライというか、私とは考え方が違うんですけど。

あわせて読みたい