「芸人が丸ごと描かれていて、私の日記かと思った」――一穂ミチ『パラソルでパラシュート』をお笑いコンビ・蛙亭はこう読んだ! 《インタビュー》

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/27

「ムカつくことも全部ネタにするし、人がムカついてることも面白い角度でネタにしたい」(イワクラ)

蛙亭

――全体を通して、印象に残っているシーンはありますか?

中野:栄作にいさんから5000円もらうシーン。

イワクラ:あー、やばいね、あれは。

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――芸歴は長いけれど自分より収入が少ない先輩が、亨に小さく折りたたんだ5000円札をこづかいとして渡すシーンですね。一緒にいた美雨は「何でもらっちゃうの」と咎めますが、芸人の亨は平然と受け取ります。

中野:あそこで美雨が初めてと言っていいくらい、きつめに怒ったじゃないですか。「ああ、一般の人はそうなんだ」って思いました。それに対して、亨はなぜお金を受け取ったのか明確に説明して。あそこまでしっかり説明できなかったとしても、芸人だったら心でわかるシーンだと思いました。で、「かっこいいよな、栄作にいさん」って思いましたね。もう一度売れてほしいなって。

――亨が芸人になるきっかけを与えてくれた人でもありますしね。

中野:昔は人気があって、でもだんだん落ちて……。そういう人も実際にいますしね。

イワクラ:私は、美雨さんがアリとキリギリスの話をしているシーンが印象に残ってます。キリギリス側の芸人がおかしいのか、アリ側だと思ってる自分たちが変なのかって考えるシーンがあって。自分は普通だと思って生きてるけど、芸人と一緒にいることで「あれ?」って気づく。自分もそういう経験があったので、そこが面白かったですね。

中野:あとは、賞レースで敗れて辞めていく芸人が、「おもろいやつに生まれたかったなあ」って言うのも良かった。「『おもろいやつ』と『おもろいことができるやつ』はちゃうねん」っていうセリフもありましたよね。それを読んで、僕は「おもろいやつ」で良かったなと思いましたね!

蛙亭

イワクラ:きちぃ……。

中野:「おもろいやつ」になれない人って、もう無理じゃないですか。先天的なものだから。でも、周りから「おもろい」って言われてる人も、ふとした瞬間に「自分、おもろいやつなのかな」って疑問を感じることはあるはず。そういう、みんなが抱えてる思いが描かれてるなと思いましたね。

イワクラ:芸人って、そういう気持ちを何周もしてるから。「あ、こいつすげぇ」ってヤツ、めちゃくちゃいるんです。しかも、そういうヤツは自分で気づいてないんで、平気で辞めようとする。頑張って頑張って「自分はもうここが限界」って辞めてく人もいるけど、天才は何もわかってないまま「向いてないかも。お客さんウケてないし」って辞めようとする。そういう時は「いやいや、伝え方が下手なだけだから頑張れ」って止めますね。私も、自分が面白いと思ってる芸人に「いや。おもろいから続けたほうがいいよ」って言われたから、今こうやって芸人を続けられてるんだと思います。

――主人公の美雨についても、感想を聞かせてください。彼女は企業の受付係として働く、30歳間近の女性です。年齢はイワクラさんと近いですが、崖っぷちに立っていると感じている美雨に、共感するところはありましたか?

イワクラ:自分も会社で働いていたら、「クビになるかも」って不安があったり、周りから「結婚しないの?」って言われたり、美雨みたいに値踏みするように見られたりすることってあっただろうなと思います。芸人になってなかったら、「わ、しんどいな」ってことが続いてただろうなって。でも、芸人の世界はそういうのがないし、セクハラがあっても笑いで返してやる。「こいつを見返したいから、おもろい返しでビビらせてやろう」みたいな感じなんで。

中野:美雨って、生きづらいタイプですよね、でも、30歳が近くなってどうしようって時に安全ピンと出会って、セクハラされた時も上司にスパッと返せる。あの人も、なかなかですよ。出会うべくして出会ったというか、もともとポテンシャルはあったんでしょうね。

――「不幸な出来事も全部笑いにする」というのは、亨の考えでもあります。おふたりの中にもそういう気持ちがあるのでしょうか。

イワクラ:あります。ムカつくことも全部ネタにするし。それプラス、美雨みたいに働いてる人の代理で、そういう人がムカついてることを面白い角度でコントにしてネタで退治してやろうって。ちょっとでも力になれたらいいし、面白いことをして何かを倒したいって気持ちはありますね。

「イワクラが演じるギャルは、けっこうアリですね(笑)」(中野)

蛙亭

――作中には、安全ピンのコントや漫才のネタもそのまま書かれています。ネタのクオリティについて、おふたりはどう感じましたか?

中野:面白かったです。漫才の掛け合いも、喋ってるのを想像できるんですよね。

イワクラ:コントは「変わったことしたいんだな」みたいな。それがめちゃくちゃ面白くて。

中野:安全ピン、だいぶ特殊なことしてるからね。

イワクラ:多分、他とは絶対かぶらないネタを作ろうとしてると思う。ベタから一番遠いっていうか。亨がコントで演じる夏子も、女装で笑かすというよりは男女コンビみたいな感じで。すごい特殊なネタやってるなって思いました。

――実在のコンビだと、誰を重ね合わせましたか?

中野:それが、いなかったんですよ。僕がこの小説の作者だったら、ネタを書くところが一番怖かったと思うんですけど。でも、誰のネタともかぶってない気がする。

イワクラ:書かれていることは「うわ、日記やん! 全部わかるわ」の連続なんですけど、でも安全ピンに重なる芸人はいなくて。それが、別世界って感じですごく面白かったです。でも、安全ピンの先輩芸人の郁子さんは、めっちゃヒコロヒーさんやった。あの声で再生されました。

――弓彦は、亨がコントで演じる夏子のことを好きになります。その感覚はわかりますか?

中野:いやー……。あ、でもイワクラがたまにギャルの役をするんですよ。あのギャルはけっこうアリですね(笑)。

イワクラ:きちぃ……。ギャルの格好した時だけ、「なんかポテンシャルあるんじゃね?」ってめっちゃ上から目線で言ってくるんですよ。

中野:学生時代から、ああいう格好してればよかったのに。損してるよね。

イワクラ:すごい言ってくるし……。「もっと“つけま”とかすれば?」ってアドバイスしてきやがるんで、めっちゃ気持ち悪い。

――イワクラさんは、中野さんが演じるキャラクターをどのような視線で見ているのでしょう。

イワクラ:好きって感じではないです。でも、こいつがほんとにいたらめっちゃ面白いだろうなと思ってます。ネタを考える時は、例えば牛丼屋でご飯を食べてる時に「ここで中野さんがこんなキャラで出てきたら面白いだろうな」って想像するんですけど。そのネタのキャラのまま、ほんとに働いてみてほしい。お客さんもめっちゃ楽しいと思う。

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