校則のない高校で絶対視されるのは「法律」。ある事件をきっかけに暴かれる学校と街の謎とは? 注目の現役弁護士作家による新作リーガルミステリー!

文芸・カルチャー

公開日:2023/4/24

魔女の原罪
魔女の原罪』(五十嵐律人/文藝春秋)

 もしも校則がなかったら、それに代わるものが“法律”だとしたら。髪型、靴下や下着の色、帰宅時の行動制限……。ブラック校則に悩まされる中・高校生は快哉の声を上げるかもしれない。金髪、アロハシャツ、ピアス、大いに結構、上履きはサンダル履きでも、教室にタピオカティーを持ち込むのもOK。それらは“法律”では禁止されていないから。

“日本でもっとも自由に学生生活を送れる高校”と校長が自負する物語の舞台、鏡沢高校の生徒たちはそんな学校生活を謳歌している。だが法律は校内で厳格に適用される。どんな小さなことでも“法律”を犯した者に容赦はない。入学時、生徒に配られるのは生徒手帳と六法全書。口うるさい生活指導がいないかわりに、校内の至るところに設置された監視カメラで行動は記録されている。“普通の高校”とは異なる、そうしたルールはいったい何を生み出していくのか――。この設定からすでに魅惑的なリーガルミステリーが走り出している。

 デビュー作である『法廷遊戯』(講談社)は、第62回メフィスト賞受賞、「このミステリーがすごい! 2021年版」で国内編3位となり、2023年11月には永瀬廉主演で映画が公開される。その後も、読者を驚愕させる新作を破竹の勢いで上梓する五十嵐律人氏は現役の弁護士であり、デビュー時には司法修習生として裁判所での勤務も経験している。そんな法律知識を駆使したミステリーは、たとえば『幻告』(講談社)で“タイムスリップ”という要素を使ったように、法律ともうひとつ、異色とも言える設定やテーマを組み合わせて、新感覚のエンターテインメントを生み出している。そして本書『魔女の原罪』(文藝春秋)で組み合わせられているのは、法律が絶対視される学校、そしてタイトルにも潜む“魔女”だ。

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“魔女と魔法使いの違いを知ってる?”冒頭で主人公・宏哉に出されたなぞなぞのような問い。その言葉を発した杏梨とは週に3回、クリニックで人工透析治療を受けている。鏡沢高校の2年生であるふたりは透析を受ける時間に学校の噂話をしながら時間を潰していた。奇妙な校則に違和感を覚える宏哉だったが、杏梨をはじめ、みんなは“普通”のことだと捉えているようで――。だが夏休み明けの始業式、部室で上級生の財布を盗んだ1年生・柴田の名前が原則通り、全校生徒の前で告げられ、“犯人”である彼が、まるで教室に存在しない人間のようにクラスメイトたちから扱われていったことから、宏哉は、自身の違和感を追求するため、行動を起こしていく。

 宏哉がまず向かったのは、法律アドバイザーの役割も担う、元弁護士の社会科教師・佐瀬先生のもと。法律を遵守する生徒たちは、柴田の机に落書きをしたり、暴言を吐いたりすることはない。しているのは関わり合いを持たないことを意思表明する集団無視。それは明らかないじめではないのか? なぜ先生たちもその行為を止めることをしないのか? 問いかける宏哉に、佐瀬先生はこう答える。その行為は、法律で禁止する特定の作為以外の自由に選択できる行動とみなされるもの、つまり集団無視とは“不作為”の行動で、法律を犯すことにはならないからだ、と。“不作為の自由を否定するには――”と、ひとり走り出す宏哉だったが、なぜだか最近、中世の魔女裁判についての文献を読み続けている杏梨の声が響いてくる。“異端を決めるのは、個人じゃなくて集団なんだよ。自分がいくら正しいと信じていても、多数派に歯向かえば異端とみなされかねない”“ルールとして機能しているのは、それなりの理由があるから”と。その言葉が予言となったかのように、宏哉は茨の道を行くことになる。だがそれすらも、序章にしか過ぎなかったんだ、という思いに囚われてしまうほど、ストーリーは怒涛の展開を見せていく。血を抜き取られた少女の変死体発見――。凄惨なその事件がスタートボタンを押したように、事件の真相とともに、鏡沢高校のあるこの街に隠された壮大な秘密が明らかになっていく。

 宏哉、杏梨をはじめ、高校生たちのキャラクターが際立つ本作は、青春ミステリーとしても読むことができる。思春期という人生の特別な時間にしか持つことのできないヒリヒリとした違和感や焦燥感、絶望感、そしてなんとか光を掴もうとする懸命さがストーリーを引っ張っていく。“カツテ”と呼ばれる街の先住者と新たに住人として移ってきた人々との間にある分断、何かを怖れている大人たちの姿も、思春期特有の嗅覚を持つ彼らから生々しく伝わってくる。

 第一部「異端の街」から第二部「魔女裁判」に移る頃になると、読む手を止めるのはもう不可能だ。高校生たちが発していた何気ない言葉や、大人たちの些細な行動が緻密に絡まり、繋がっていくカタルシスの熱に浮かされながら、“まさか!”の展開に幾度も立ち会うことになる。第二部では、舞台は、学校から裁判所へと移っていく。そこで証言台に立つ人々とは? 明らかになるいくつもの真実とは――? ミステリーの醍醐味を味わうとともに、法律と人々の思いの隙間で蠢くもの、そしてこの作品で明らかになる、現代日本に息づく“魔女”、そして“魔女狩り”の存在にも心を馳せてほしい。

文=河村道子

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