恋するほどに痛みが襲う不思議な病気を描く、不条理で切ない恋の物語

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/20

恋に焦がれたブルー
恋に焦がれたブルー』(宇山佳佑/集英社文庫)

 累計発行部数72万部を突破した『桜のような僕の恋人』(集英社文庫)をはじめ、切ないラブストーリーが若い世代を中心に支持を集める宇山佳佑氏。童話「シンデレラ」を下敷きにした極上の恋愛小説『恋に焦がれたブルー』(集英社)が文庫化され、5月19日に発売となった。

 靴職人になりたいと夢みる高校3年生の歩橙(あゆと)は、同じ学年の青緒(あお)に恋心を寄せている。ボロボロのローファーを履いた彼女はいつもひとりぼっちで、笑顔を見せることはない。歩橙はそんな青緒に、手作りの靴をプレゼントして笑顔にしたいと思い立つ。当初は歩橙を気味悪がった青緒も、不器用だがひたむきな彼の姿と靴作りにかける熱い思いを知るにつれて、次第に惹かれていった。

 母を亡くして伯母夫婦のもとに身を寄せている青緒は、家の中で冷淡な扱いを受けていた。高校卒業後には自立することを目標に、いくつものアルバイトを掛け持ちしてひたすら貯金に励み続けてきた青緒だったが、歩橙との出会いを通じて少しずつ笑顔を取り戻し、お金だけではない夢を見つけようと歩き出す。

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 ところが、ふたりを大きな試練が襲う。青緒は、好きな人を思う恋心が体に耐え難い痛みをもたらすという、不思議な病気を発症してしまう。歩橙と一緒に過ごすしあわせな時間が、彼女の体をどうしようもなく苦しめるのだった。一方の歩橙は、靴職人になるという進路を父親に反対されながらも、少しずつ夢に向かって進んでいくが……。

 不器用だがピュアな歩橙と、恵まれない境遇にありながらもたくましく生きようとする青緒。物語はふたりのラブストーリーを主軸に、歩橙の幼なじみの少女との友情や、それぞれの家族との関係についても掘り下げられていく。歩橙が憧れる靴職人の榛名藤一郎をはじめ、ふたりを見守り支える大人たちとの人間ドラマも本作の読みどころだ。歩橙と青緒の人生にはさまざまな障害が立ちはだかるが、ふたりはもがき苦しみながら、それでも恋と夢を諦めようとはしない。たくさんの困難を乗り越えた果てにたどり着く、ふたりの結末は――。

 歩橙の名前には夕焼け空の橙色が、そして青緒には青空の青が刻まれているように、本作には空が象徴的なモチーフとして登場する。さまざまな表情を見せる空の描写が織り込まれており、登場人物たちの揺れ動く気持ちと重なった繊細な風景の数々は実に美しい。たとえば、歩橙が青緒に初めて恋をした、高校入学式の日の鮮やかな青空。歩橙が青緒の前で靴職人になると誓った、青と橙の入り混じった夜明けの空。あるいはデートに誘われた青緒が見上げる、心を溶かすほどの美しい茜色。物語の舞台である横浜のロマンチックな情景と相まって、忘れ難い印象を残していく。

 思いもよらぬ不条理な運命に引き裂かれた恋人たちの姿が、切なく胸に迫る『恋に焦がれたブルー』。お互いを一途に思う気持ちのあたたかさが心に染みる、かけがえのない恋の物語であるとともに、夢を追いかける人にもエールをおくる作品だ。

文=嵯峨景子

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