不妊治療の医療補助をおこなう“胚培養士”の奮闘。男性不妊や高齢妊活など、リアルな問題をおかざき真里が描く

マンガ

公開日:2023/7/8

胚培養士(はいばいようし)ミズイロ
胚培養士(はいばいようし)ミズイロ』(おかざき真里/小学館)

 ひとつの生命が誕生する瞬間は、神秘的だ。妊娠・出産は、母体にとって命がけとなる行為。多くの医療系漫画はドラマティックな描写を交えて、そんな事実を訴えかけている。

 子どもの誕生を題材にした作品では、産婦人科医や妊娠・出産をする当事者が主人公とされることが多い。だが、漫画『胚培養士(はいばいようし)ミズイロ』(おかざき真里/小学館)は、胚培養士の視点から小さな命が誕生する奇跡を学べる、斬新な一冊だ。

 胚培養士は、主に不妊治療に携わる。医師の指導のもと、患者から預かった卵子と精子を受精するなどの生殖補助医療を行う。国家資格ではないが、肉眼では見えない細胞を相手にするため、産婦人科領域の高度な知識が必要とされる職種だ。

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 本作では、ひとりの胚培養士の奮闘を通して、失敗が許されない胚培養士という職の重みと不妊治療に励む患者の苦悩を紹介。おかざき真里氏の美しい絵で描かれる、不妊治療の現場で闘う人々の奮闘劇に思わず目頭が熱くなる。

高齢出産や男性不妊も! ほぼ0gの細胞から命を導く胚培養士の奮闘

 主人公・水沢歩は、不愛想で口数が少ない胚培養士。しかし、心には熱い思いを秘めており、勤務先のアースクリニックでは、顕微鏡を通してひとつひとつの受精卵と真摯に向き合う。

 歩のもとに来る患者は、さまざまな事情を抱えている。老い先短い祖母にひ孫を見せてあげたくて体外受精に取り組む夫婦や、仕事と不妊治療の両立に悩みながら妊活し続ける40代の女優など、年齢や状況も全く違う人々の「我が子を授かりたい」という願いに、歩は静かに寄り添う。

 中でも特に刺さったのが、男性不妊が発覚した正則のエピソードだ。女性の不妊にまつわる苦悩は、近年メディアや書籍などで取り上げられるようになってきたが、それに比べて男性不妊の苦悩はまだまだすくい上げられにくい。カミングアウトしても周囲から理解が得られにくかったり、産婦人科へ行く勇気が持てず、自分が男性不妊であることに気づけない人もいたりする。

 正則は妻に連れられ、渋々クリニックで採精した結果、無精子症の可能性があると告げられた。突然突き付けられた事実を受け止めきれない正則は、検査結果を告げた歩の前で狼狽。追加検査を勧める歩のアドバイスも耳に入らない。

 その姿を見て、正則の妻は妊娠を諦めざるを得ないと悟った。だが、夫婦は歩の、ある言葉に背中を押され、不妊治療に前向きに取り組むようになる。

 我が子を授かりたいと悩む人の味方…。歩の仕事ぶりに触れると、胚培養士という職業には、そんな言葉が似合うと思わされてならない。ほぼ0gの細胞から命を導くスペシャリストである胚培養士という職業のすごさが、本作を通してより多くの人に知られてほしいと思う。

 また、現在、不妊治療を頑張っている人にも、この作品が届いてほしい。不妊治療はいつ終わるか分からないため、先の見えないトンネルの中を歩んでいるような気持ちになり、孤独感が募るものだ。

 だが、「我が子を授かりたい」という患者の切実な願いを叶えるために胚培養士が尽力していることに改めて気づくことができたら、ひとりぼっちで頑張っているわけではないのだと思え、少し心が軽くなるかもしれない。

 生まれてきてくれた命や宿ってくれた命にはもちろん、自分の命にも「ありがとう」と言いたくなる本作。ぜひ幅広い世代に読んでほしい。

文=古川諭香

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