日本にたった1人しか存在しない「動物園・水族館コンサルタント」とは。これまでに訪れた施設は1,000以上! 世界中で動物園・水族館に携わるスペシャリスト

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公開日:2023/8/13

世界をめぐる動物園・水族館コンサルタントの想定外な日々
世界をめぐる動物園・水族館コンサルタントの想定外な日々』(田井基文/産業編集センター)

「動物園をリニューアルしたいんだけど、どうすればいい?」
「海外にいるこの動物をうちの水族館で展示したい!」

 こうした動物園・水族館にまつわる問題を、一手に引き受け解決をサポートする人がいる。それが「動物園・水族館コンサルタント」。海外ではメジャーな仕事だが、じつは日本ではたった一人しかいない。田井基文さん、その人だ。

 田井さんは世界中の動物園・水族館をめぐって仕事をしてきたスペシャリスト。業界内でもその名は広く知られている。

 そんな田井さんが、自身の仕事についてまとめたのが『世界をめぐる動物園・水族館コンサルタントの想定外な日々』(産業編集センター)。生き物を相手にした一筋縄ではいかない仕事の様子、そして、動物園・水族館の裏側にもガッツリ踏み込んだ一冊だ。

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「いい感じの施設」をつくることが仕事ではない

 田井さんはどこかの国の施設から「動物園・水族館を新設したい」と相談されれば海を越えて現地まで行く。日本でも海外でも、田井さんの動物園・水族館に対するポリシーは変わらない。大切なのは、“地域の人々に愛される施設”をつくること。

“僕たちの仕事は「なんとなくいい感じの施設」をあちこちへコピーアンドペーストすることではありません。愛される施設とはどうあるべきかという普遍性を、その地域や街の文化にふさわしい形に「翻訳」し、提案する。そしてそれを地元の関係者たちと共につくり上げていく。これが動物園・水族館コンサルタントの仕事なのです”

 もちろん、生き物への愛情も欠かせない。「ウェルビーイング」(生き物がより自然で本来の姿に近い環境で心地よく生きられる状態)を保つ展示を、田井さんは常に追求している。

 そもそもなぜ、日本に動物園・水族館コンサルタントが一人しかいないのか? それは日本の動物園・水族館の運営体制にある。国や自治体が税金を使って運営しているケースが多いため、外部にお金を払ってコンサルティングをしてもらうという発想がないのだ。実際、田井さんの仕事は海外が中心。すると道中トラブルに巻き込まれることは日常茶飯事で、スイスの空港ではテロリストに間違えられた経験も!

 無事に現地に到着しても、プロジェクトがスムーズに終わるとは限らない。印象的なのが1998年、リスボン万博でのエピソードだ。これは田井さんのビジネスパートナーであるランゲ博士が携わったプロジェクトだが、万博の目玉としてラッコの展示を企画したものの、なんと直前でラッコの妊娠が発覚。急遽公開は中止することに。生き物を扱う仕事である以上、こうした事態も避けられない。

 またあるときは、ナポリ水族館のリニューアルを手伝うためイタリアへ。歴史ある建物を保全しつつ、どうやって生き物の環境を快適に整えるか……と、具体的な案を考えているものの、「イタリアは日本とは時間の進み方がちょっと違うのか」、現在までプロジェクトは遅々として進んでいないとか。

 本書ではこうしたリアルなトラブルも含め、世界中の動物園・水族館とのお仕事エピソードがふんだんに盛り込まれている。日本と海外とで展示の価値観が異なるのも興味深い。日本ではゾウ、キリン、ライオン、ゴリラ、カバなどはどの園でも「必須」と考えられがち。一方海外の動物園はというと「カバに力を入れる」「うちはゴリラ」などアピールポイントを絞る傾向。生き物のバリエーションを重視する日本と一点集中型の海外というわけだ。

 また、本の後半では日本の動物園・水族館に対する問題点にも言及。飼育係の待遇改善や、絶滅のおそれがある動植物の国際取引を規制するワシントン条約の影響、さらには「動物園・水族館は本当に必要か?」という究極の課題にも田井さん自身の言葉で答えている。

 こうした問いの一つ一つを解決していくのも、動物園・水族館コンサルタントの大切な仕事だ。

 読んだら、動物園・水族館がいつもより楽しめそう!

文=中村未来

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