地上「最後の喫煙者」になっても、煙草を吸い続ける覚悟はあるか? 筒井康隆のドタバタ傑作集の楽しみ方を徹底解説

文芸・カルチャー

更新日:2023/11/22

最後の喫煙者 自選ドタバタ傑作集
最後の喫煙者 自選ドタバタ傑作集』(筒井康隆/新潮社)

 たとえば、地球上のあなた以外の人間があまねく、髪の毛を剃り落としてつるんつるんのスキンヘッドになってしまったらどうするだろう。同調圧力に従うままにあなたも髪を剃り落とすだろうか?

 あるいは、究極の自然愛好の結果、皆が皆、服を脱ぎ捨てたとしたらどうするだろうか。裸の恥じらいを持つことがまるっきり間違っていると指さされ、衣服を脱ぎ自然と同化せよと訴えかけられたら、やはり「おかしいぞ」と思いながらも、あなたは衣服を脱ぎ捨てるだろうか?

最後の喫煙者 自選ドタバタ傑作集』(筒井康隆/新潮社)の中の表題作「最後の喫煙者」は、嫌煙運動が盛んになっても世間に流されず煙草を吸いまくっていたある小説家の男が、ついに地上最後の喫煙者となってしまう短編である。

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 嫌煙運動はどんどんエスカレートして過激になり、ついに上空を舞うヘリコプターから催涙弾を頭に打たれるなど襲撃を受けて……というドタバタ話なのだが、まず「地上最後の喫煙者になる」という設定だけで好奇心を掻き立てられ、実にいい。

滑稽で空想的な「設定」を聞くだけでも好奇心が止まらない

 本書におさめられた短編は「最後の喫煙者」をはじめ、設定からして奇妙で滑稽で面白いところがポイントだ。まずは、本書におさめられた他の短編の設定についてまとめてみたので、楽しんでもらいたい。

①「急流」
 時間の経過が加速的に早くなった世界。すべての時計が律儀に早くなった世界の時間に従って進みが早くなってしまっており、やがて時計の秒針は目に見えないくらいに。誰も時計を買わなくなってあえなく時計屋は倒産。時計屋の主人はたまりかねて夜逃げをたくらむのだが、用意してこっそり家を出ようとすると早くも夜が明けていて逃げられない……。

②「老境のターザン」
 すっかり老いさらばえたターザンはジャングルの笑いもの。彼を馬鹿にした探検隊に腹を立て「ジャングルを案内してあげよう」と言って、人食い族のほうに案内する話。

③「こぶ天才」
 背中に取りつけると頭の回転がすこぶる速くなり、脳が発達して天才になれるという「ランプティ・バンプティ」と呼ばれる20~30センチほどの寄生虫が流行っている世界。つけると天才になれるが、服を着てもわかるくらい大きな瘤が背中にできる上、寄生虫は背中と脳髄に癒着するため、切り離そうとすれば人間も死んでしまうという……。

 こうした突飛で興味深い設定は、ともすれば、出オチになってしまう可能性さえある。しかし、入り口に負けないくらい勢いよく突き進んでいく展開と、筒井ワールドとも呼ぶべき世界に足を踏み入れたら癖になって離れられない表現力、そしてゾクゾクの止まらない皮肉の効いた出口……そうした筒井康隆の世界が出オチなんて言わせないのである。

 ここでは、筒井ワールドとも呼ぶべき特徴的な表現力に着目したい。

大江健三郎のパロディ作品は擬音語のオンパレード

 言わずと知れたノーベル文学賞作家の大江健三郎氏の『万延元年のフットボール』をもじった「万延元年のラグビー」という短編に出てくる擬音語のオンパレードについて紹介したい。

 この話は、討ち取られた井伊直弼の首を、相手に盗られないようにラグビーの要領でもってパスを回して相手を錯乱させ、無事に持ち帰ろう、という話だ。問題の擬音のオンパレードは、首を討ち取られる前、刀の戦闘シーンに大量に噴出している。聞いたことのない擬音なのに、妙に納得できる表現を楽しんでもらいたい。

①刀で相手の体を切り裂く、切りつける、突き刺す時の擬音語シリーズ
・ばらずんべら
→背の真ん中を広げる擬音。「べら」の部分に肉が左右に剥がれるような印象がある

・しゅべらど
→刀を突き刺す擬音。「しゅ」の部分に速度が感じられて良い

・すべら、しゃばどす、ずびずば
→華麗に乱刺しする様子が浮かぶ

・ずばらりらん
→前半の「ずばら」は肉が切り広げられるイメージで、後半の「りらん」にはべろんとたゆんでいる感じが出ている

②逃げたり、伏したり、転がったりする人間の行動の擬音語シリーズ
・ゆろりよらり
→立ち上がる擬音なのだが、体力が消耗し、朦朧としている感じが出ている

・ざ、ぽ
→虫の息で路上に出てくるシーン。まさにその次の瞬間に首を討ち取られる予感を抱かせる

・あたらふたら
→足をもつれさせ物陰に逃げ込む擬音語。「あたふた」をさらによろけさせるような表現に仕上がっている

 本書は、ドタバタ傑作集と銘打ち、おかしく奇妙で笑える短編集の第一弾となっている。その楽しみ方として、設定だけを簡潔に切り取っても面白いという点、聞いたことのない擬音語をふんだんに盛り込んだ意欲的な表現技法、の2点に注目して紹介してみた。何も考えずに頭空っぽにして読むだけでも面白い筒井康隆作品。日常を忘れ、その空想的な世界に浸りながら読んでみてほしい。

文=奥井雄義

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