東野圭吾の新作、手癖の悪いマジシャンが探偵役の第一弾。元教師の男が自宅で殺された事件を詐欺同然のやり口で解決!?

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/5

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人
ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』(東野 圭吾、光文社)

 待ちに待った東野圭吾の新作『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』が2024年1月24日に刊行された。サムライ・ゼンという名でマジシャンとして活躍していた男が探偵役をつとめる『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』の続編である。あまりに魅力的なキャラクターに、一冊限りで終わるはずがない、いや終わってくれるなと願っていた読者は多いだろう。津田健次郎と水無瀬いのりが参加するボイスCMも話題だが、まずは第一弾の『~名もなき町の殺人』について紹介したい。

 キャラクターの設定はポップだが、描かれる事件はなかなかに切ない。主人公の神尾真世は、恋人との結婚を2カ月後に控えた30歳。まだ落ち着かないコロナ禍で、地元で行われる同窓会のため帰省するかどうか迷っていた矢先、唯一の家族である父親が自宅で殺害されているのが発見されてしまうのだ。

 父は、地元では慕う人の多い元教師。学生時代に疎まれることはあっても、恨まれるような人柄でもない。だが、亡くなる直前の父が頻繁に連絡をとっていたのは、真世の同級生でもある元教え子たち。その元教え子たちは、コロナ禍の苦境を町おこしで乗り越えるべく、やはり元同級生の人気漫画家の威光を借りようとして、さまざまに揉めていたようで……。

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 その真相を探るのが、サムライ・ゼンこと神尾武史。真世の叔父で、亡くなった父の弟である。今は東京でバーを経営しているが、かつては海外暮らしで行方がしれず、生家である真世の実家にもほとんど帰ってこなかった彼は、当然ながら真世との面識もほとんどない。正直、登場の仕方からあまりにうさんくさくて、ひょっとしてこの男が犯人なのではと警察でなくとも疑いたくなるほどだった。

 だが、「自分の手で、警察より先に犯人をつかまえる」と宣言した彼が、マジシャンとして培った手先の器用さ(手癖の悪さともいえる)、人を巧みに誘導する話術と卓越した観察眼で、次々と警察を出し抜き、真相を暴いていくさまを読んでいるうち、気づけばすっかり虜になっていた。

 正直言って、武史は善人とはいえず、やっていることは詐欺師に近いところもあるのだが、常に飄々として悪びれず、何事も煙に巻いていくキャラクターが、妙にクセになる。なぜマジシャンをやめたのか、どういう人生を歩んで今に至っているのかは、真世が知らない以上は読者である私たちにも明かされない。なんらかの過去を背負っていそうな雰囲気も、魅力的。ゆえに、もっと彼の活躍を読みたいと願ってしまうのである。

 同窓会小説として、複雑な人間関係が解きほぐされていくさまも読みごたえのある本作。その合間で、真世と恋人の微妙な関係も浮かび上がってきて、人は誰もかれも一面的には判断できない複数の顔を持っているのだということも突きつけられる。果たして真世が恋人との関係にどんな判断をくだすのか。多くの読者がやきもきしたであろう「その後」も『~覚醒する女たち』では描かれるはずなので、発売日を楽しみに待ちたい。

文=立花もも

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