リアルな神戸の街が舞台「出会いと別れ」の短編集『繭の中の街』。北野異人館、南京町、阪神淡路大震災、ジャズの街…

文芸・カルチャー

PR更新日:2024/3/22

繭の中の街
繭の中の街』(宇野碧/双葉社)

 神戸という街にはふしぎな磁力がある。

 歩いていける距離に山と海があり、都市のすぐそばに自然がある。日本的なものと異国的なものが調和しているようでいて、どことなくアンバランスでもあり、南京町は架空のアジアの街のようだ。

 そんな神戸を舞台にした短編集『繭の中の街』(宇野碧/双葉社)が発売される。著者は、母と息子のラップバトルをとおして親子の絆(と別れ)を描いた『レペゼン母』(講談社)で鮮烈なデビューを飾った宇野碧。たしかな人間観察に裏打ちされたドラマ作りと存在感ある人物描写、地に足のついた実直な文体。2作目『キッチン・セラピー』でもそれらの個性は存分に活かされていた。

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 3作目となる今作は、挑戦作ともいえる内容だ。異人館で出会った若い男女の、溺れるような純度の高い恋愛(『エデン102号室』)。サックスプレイヤーの“彼”への痛切な想いを語る“私”(『Let’s get lost』)。三十代の女性と就活中の大学生の淡い交流(『つめたいふともも』)等々。さまざまなジャンルの7つの物語が収められている。

 王道の青春ラブストーリーから、ユーモアミステリー調のもの、微笑ましい児童小説タッチの作品もあれば、ハイファンタジーまで。作品ごとに文体に変化をつけ、各登場人物の世界に最も合う語り口で語られているのがとても効果的だ。

 語り口が変われば、伝え方も変わる。各物語が伝えてくる“神戸”という街の雰囲気はそれぞれ微妙に異なっていて、その異なりが色鮮やかなグラデーションを成している。例えば観光地としての神戸、ジャズの街としての神戸、大震災が起きた場所としての神戸……。人がそうであるように街の顔も一つではない。よそゆきの顔があれば、身内(地元民)にしか見せない顔もある。最も美しく見える角度も、冷たい角度も。

 ちなみに著者は神戸市出身で、国内外での放浪生活を経て、現在は和歌山県在住とのこと。

 出身地への愛着と憧憬、そしてどこか醒めたまなざしは、故郷以外の土地を知り、故郷以外の土地で暮らすことを選んだ人なればこそのものだろう。

 収録作のなかで異彩を放っているのが、最後から2番目の作品『プロフィール』だ。

 翼を持つ一つ目の種族と、翼がない二つ目の種族の2種類に人間が分化した世界。港湾労働者のダイチは、一つ目の種族の「彼女」と出会い、ぎこちなくも交流する。「彼女」に乞われるがまま神戸のいろいろなところをダイチは案内し、「彼女」の目を経由してこの街を再発見する。

 外見だけでなく、言葉も文化も価値観も常識も違う二人は、その違いゆえにじょじょに惹かれあってゆく。ただし、この惹かれあいの感情もまた、わたしたち二つ目種族でいうところの“愛”といってしまっていいのかどうか。それはまだ名前のない感情で、だからこそ、その感情を理解しようと格闘する彼らの姿に胸が打たれる。

 過去と現在。生者と死者。人間と天使(?)。いろいろな時代を背景に、いろいろなキャラクターたちの出会いと別れが紡がれる。現実からほんの少し遊離したかのような読後感が快い。神戸という――この国ではもはや希少な――ふしぎさの残る街の磁力が、行間から漂ってくるようだ。

文=皆川ちか

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