選考委員も思わず唸った!エンターテインメント性の高さから芥川賞を逃した『幼な子の聖戦』とは?

文芸・カルチャー

2020/4/4

『幼な子の聖戦』(木村友祐/集英社)

“近年こんなに熱気を感じる小説は、なかなかなかった”(川上弘美)
“エンターテイメントとしては読ませる力を持っている”(宮本輝)
“物語作家としての手腕は、かなり高度なもの”(松浦寿輝)

 先日、2019年度下半期芥川賞が発表された。受賞作は古川真人さんの『背高泡立草』(集英社)。

 選考委員からの受賞作と候補作の講評は文藝春秋3月号に掲載されたが、その中でも目を奪われたのは候補作の一つであった『幼な子の聖戦』(木村友祐/集英社)へのコメントである。数人の著名作家がそのエンターテインメント性の高さを評価していたのだ。

『幼な子の聖戦』の舞台は東北地方の村だ。主人公は40代の冴えない男で村議をしている。ときおり逢瀬を重ねていた女が村の重要人物の妻であったことから脅され、選挙戦に裏から関わるようになる。著者の社会に対する問題意識も反映されている小説だ。

 芥川賞は純文学に贈られる賞である。今回、候補作の他4作が正統派の純文学小説であったのに対し、『幼な子の聖戦』は異質とも言える存在感を示していた。純文学というより、エンターテインメント小説に贈られる直木賞のほうがふさわしいのではないかと思ったほどだ。

“ペテンの意味ばっかの世界に、おらがとどめば刺してけらぁ”

 威勢の良いセリフとは裏腹に、主人公のもくろみは思うように進まない。彼の情けなさと共に田舎の閉塞感が古風に描かれているが、「マウンティング」などの新語が突然登場することで、私たち読者はこの小説が現代の物語だということに気づかされる。

 主人公は「気に入らない」以外に欠点のない村長候補の幼馴染の選挙妨害を試みる。これがうまくいけば、主人公はダークヒーローのような存在になれたかも知れない。しかし、彼はどこまでも凡人だった。

 中盤以降、主人公の内面がどんどんと深掘りされていく。ダークヒーローになれない凡人の主人公が、なぜそのような行動をするのか……スリリングな展開に読者は目が離せなくなる。最後は「こんな終わらせ方があるのか」と息をのんだ。

 選考委員のひとりである川上弘美さんは、文藝春秋3月号でこうも述べた。

“これは面白い小説だ。(中略。そう思うのは、)評価のまな板に載せなければならないと思いながら小説を読んでいる時には、とても珍しいことです”

『幼な子の聖戦』が受賞に至らなかった理由は恐らくそこにある。最近流行の賞レース狙いの小説でもない。のるかそるか。非常に微妙なラインで、本書は受賞に至らなかったのだ。同じく選考委員の島田雅彦は「やけっぱちの一撃に打って出るしかない気分」を主人公と共に味わった。

 本書には、ビルの窓ふきを描いた話題作「天空の絵描きたち」も収録されている。木村友祐という新進気鋭の作家が描く型破りで社会風刺に満ちた世界を、今まで純文学小説を読んだことがない人にも体験してほしい。

文=若林理央

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