引退したプロレスラーが、若きスター選手にすべてを懸けて挑む!心揺さぶる感涙のプロレス・格闘技小説

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/8

ラストバトル プロレス哀歌
『ラストバトル プロレス哀歌』(草凪優/竹書房)

 日本には多くの「プロスポーツ」が存在する。野球やサッカーなど、人によって思い浮かべるものはそれぞれだろうが、その中には「プロレス」も確実に入ってくるはず。プロレスには詳しくなくとも、「力道山」の名は知っているという人も少なくないだろう。力道山の登場以降、プロレスはメジャー化し、多くのファンの心を魅了してきた。官能小説家として著名な草凪優氏もそのひとり。官能小説のほか、ハードボイルド、ノワールなど多彩なジャンルに挑戦する氏が満を持して送り出すのが、「ずっと書きたいと考えていた」という、プロレスをテーマにした作品『ラストバトル プロレス哀歌』(草凪優/竹書房)なのである。

 草凪氏がプロレスにハマったのは1977年頃だというから、今から40年以上前のこと。その時代はまさしくプロレスの黄金期といってよく、ジャイアント馬場やアントニオ猪木といったスター選手たちが熱戦を繰り広げていた。氏が「自分が最も燃えて観ていた昔のプロレスへの郷愁をメインに、現在のプロレスまで繋がる話を描いてみました」というように、作品は昭和の時代から活躍したひとりのレスラーを主人公に、古き時代と新しい時代を巧みに織り交ぜながら、男たちの熱い闘いの物語を描いている。

 主人公である「川岸幸正」は50歳になるが、10年前にプロレス界を引退し、現在はラーメン屋の店主として日々の糧を得ていた。川岸は元々「インターナショナル・プロレス(以下インタープロレス)」という団体に所属していたが、ある日、インタープロレスで共に戦っていた横田ら後輩たちが彼の店を訪れる。経営難によりインタープロレスは解散することになり、その最後の興行で川岸にリングに立ってもらいたいというのである。最初は固辞していた川岸だったが、横田の挑発やマスコミ、ファンといった外野の声に煽られ、遂に東京ドームでのラストマッチを受けてしまうのであった。

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 もちろん本作は、引退レスラーがリングに復帰して勝利を目指すというような単純な物語ではない。川岸を取り巻く過去と現在の人間関係と思いが、物語を広げていく。かつて川岸には沢村輝明というタッグパートナーがいた。沢村はインタープロレスの花形レスラーであり、彼とのタッグ「ニュー・パワー・ジェネレーション」の時代が、川岸の全盛期でもあったのだ。しかし沢村とプロレスの方向性を巡って対立し、川岸はインタープロレスを退団。その後、沢村は試合中の事故により半身不随になり引退し、川岸もプロレスへの情熱を失って引退したという経緯があった。そして川岸の復帰試合には、実は沢村が強く関わっていたのである。

 川岸の対戦相手である「ナカタシンジ」は人気団体の若きスター選手だが、彼を育てた人物こそ沢村だった。かつてはヒールで鳴らし、どんな技でも「パンプ=受ける」ことから「クレイジーパンプ」の異名を持つ川岸と、現在の華やかで派手なプロレス界に君臨するナカタ。まさに光と闇──対極に位置するふたりの闘い。そこにはもうひとつ、川岸と沢村の恩讐入り混じったさまざまな思いに対する決着の場という意味合いもあったのだ。旧世代と新世代の闘いを幾多もの思惑で彩ることによって、決戦へのボルテージが限りなく高まっていく流れはまさに手に汗握る展開だ。昭和、平成を生きた無骨で不器用なレスラーの姿を、見事に描ききっていたと思えた。

 本作で最も印象に残ったのは、川岸が技を受けながら独白した「プロレスラーなら──。夢を失おうが、太陽が消えようが、闘いつづけなければならない。プロレスラーは、闘いつづけるためにプロレスラーになったからだ」というくだりである。確かに、アントニオ猪木は自身が難病と闘う姿を映像にして世に示した。また先頃、石川県知事に当選した馳浩は、政治家としても闘い続けていくのだろう。草凪氏が「人生の要所要所でプロレスに勇気や活力をもらってきた」というように、プロレスラーは闘い続けることで人々にさまざまな「力」を与えてくれる存在なのかもしれない。

文=木谷誠

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