SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第17回「体裁とポイント」

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公開日:2022/11/27

 それは長財布からの卒業である。小学生の時分は実家の隣にあったタバコ屋さんで父ちゃんがもらってきた、キャメルのマジックテープで止める簡易的な二つ折りの財布だった。カートンを買ったら付いてくるおまけ的な財布から始まった二つ折り期は、私が中学を卒業するまで続くが、高校に入学すると喉から手が出るほど長財布が欲しくなった。大人の代名詞的なそれに手を伸ばしても、ギリギリおかしくない年齢だと思えたからだろう。父ちゃんに話すと(また父ちゃん)、お下がりのダンヒルの長財布を譲ってくれた。憧れの長財布は見た目がかっこいいことに加え、ポイントカードがたくさん入った。このころは様々なポイントカードが入っていること事態にワクワクしていたし、何よりお金がない学徒であった私は、この世の中にポイント以上にありがたいものを知らなかった。永遠に続くと思われた長財布期、このまま私はたくさんのポイントカードと手を繋いで生きていくのだろうと思っていた。しかし、二十代後半、私は運命的な出会いを果たす。

 マネークリップだ。

 あれを見た瞬間に私は背中がゾクゾクした。一目見たその瞬間(父ちゃんとは関係ない)から、私の思う世間一般的な大人像の真ん中に、マネークリップは堂々と鎮座したのだ。詰まるところこれだろ、と一つの答えに行き着いたような、そんな感覚にさえなった。すぐさまマネークリップに切り替えよう、と思ったところで沈着冷静な私が小声で物申した、「機能性悪くね?」と。いやアまさしく、である。良いところをあげるとすれば嵩張らないところと、偏った体裁くらいなもんで、長財布はもちろんのこと、二つ折りの財布にも敵わない。不便極まりなく、全く現実的ではないとそう思った。何より、私がこれまで愛してきた、そして愛されてきたポイントカードはどうなる。もうなんかポイントが欲しくて買い物してたレベルでポイントカード好きだった私にとってそれは、今までの生き方を自ら否定するようなものだった。毎晩布団の中で二つの人生を天秤にかけた。大好きなポイントカードと生きていく人生と、私が思う世間一般的な大人として生きていく人生の二つを。ビアンカとフローラ以上に過酷な選択に毎晩うなされ、枕を濡らした。決断の時はもうすぐそこまで迫っているというのに。

 辛い夜を越え続けた私は運命の朝を迎えた。男三十、洗面所の鏡を見てわかった。

 私は利便性より体裁を取れる人間になっていた。

 格好つけられるなら死なない程度のことは我慢してやる。格好つけられるなら大事なポイントだって捨ててやる。寝起きの薄ぼけた表情の奥底に、私は鬼を見つけたのであった。

 

 こうして私は、私の思う世間一般的な大人像を体現した。

 

「ポイントカードはお持ちですか?」

 レジの女の子に向かって微笑む私は、首を横に振る。

 店を出てなんとなく空を見上げる。果てない青があまりに綺麗だから、やっぱり忘れられないでいる自分に気が付いてしまって、そっと、15ポイント分の溜息を空に溶かした。

 こんな鞄にはとても入りきらない葛藤の正体は、滲んだ涙を拭ったハンカチしか知らない。

<第18回に続く>

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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