「なぜ人は人を叩くのか」内田 樹×名越康文×橋口いくよ 勝手に開催!国づくり緊急サミット

更新日:2013/8/6

写真本体よりも、そこにある「悪意」が怖い

橋口 ネットといえば、文字以外に写真や動画がありますが、最近はいろんなシーンで、撮影へのお断りが入るようになりましたよね。何かを催す時などでも「撮っていいですか?」とか「撮ったらだめですよ」っていうのを、最初に公式的に伝えておくっていう。

内田 僕も講演会する時に、主催者側が「すみません。この中で顔写真撮られたら困るって方いたら、撮りませんので」とか、断りを入れているんだよね。なんだか意味わかんないよ。ほんとに写真撮られるのが嫌な人がいて、「写真はやめてくれ」って言うの?

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名越 違和感がありますよね。主催者側がそこの来てくれた方たちを貶めるために悪用するってことは考えづらいのに。一番いいのは、断りを入れなくても、写真を撮っていい場と、よくない場、撮っていい相手といけない相手っていうのを、個人が判断できるってことなんですけどね。でも、しょうがない部分もあるんですよね。絶対撮ってはいけない場所で撮る人が出てきたりしているでしょう。例えば、被災地を天皇陛下がご訪問された時に、携帯を取り出して写真を撮ったりとかああいうことが起こるから。

橋口 驚いたんですが、そこを「なんでだめなの?」ってことで、また論争が起こったりしているんですよね。もうそれがあらゆる現場で直接起こると困るし面倒だから「最初から全部断りを入れましょう」ってことになってきたのかもしれませんね。で、子供の写真に関しては、基本、ネットには載っけないっていうのが公式でっていうふうにまで決まってくると、なんか……。

内田 変だよ。

名越 さらには、それよりもっと前の部分からもう根本的におかしくなっているんだと思います。「人というのは裏切り者だ。人というのは揚げ足を取るものだ。他人というのは絶えず自分を悪いふうに受け取るし、人のことを監視する」っていう観念を基本に持たないとだめだっていうふうになってしまった。

橋口 だから、人権は守らなければならないと。だけれども、街で芸能人を見かけたら、相手がどんな状況であろうと、いきなり撮ってもいいって思っている人もいるし、それを黙認している現実もある不思議。

名越 芸能人はそれを担保にして、すごくいい思いをしているから、代償としていいんだっていうふうに思ってしまっている。

内田 明らかにプライバシーを侵害する写真を撮ったりするのって病んでるよね。パパラッチと同じだよ。

名越 悪意を持って撮ったものは、載せたらいけない。それ以前に、まず撮ったらいけないって当然じゃないですか。

橋口 そういう当然の部分が消えかけてきていますよね。いいかいけないかで揉めてる頃はまだマシで、今は、もうその「いい」「いけない」っていう感覚すら消え始めているのが本当に痛ましい。そこで、あえて訊きますけど、お二人は、撮られて嫌な写真とかありますか。

内田 うん。

名越 僕、鼻毛抜いている時は嫌だな。あとは普通に撮った写真なのに「名越、似合わねえジーパン履きやがって」みたいなコメント付きでもしもどっかに載ったら嫌だよ。僕、ジーンズ好きだし、それこそ悪意。

橋口 バッシングって、そういう些細なことから始まりやすいし、そういうことって不意打ちで本当傷つきますもんね。てことは、もともとの写真に悪意はなかったとしても、そこに付く言葉によって大きく変わるってこと?

名越 それはありますよね。

内田 人の悪意は写真そのものとは関係ないんだよ。写真そのものには善意も悪意もない。悪意があるのはそれを撮る人間、メディアに載せる人間の中にあるんだから。それ自体はニュートラルなものである写真を使って人を貶めようとする志の低さが僕は嫌いなの。

橋口 悪意が怖いから「載せないで」「載せたらだめだよ」って言って、人の自己判断の領域まで入っていく。そういう人たちほど、本当はネットを怖いと思ってるんですね。だから人より上に立たないと不安だし、注意せずにはいられないし、貶められる前に誰かを貶めようとする。

名越 そして、自分を中立の人間だと思い込んでいる人々が「これが普通。これが正しい」という「定型」にはめていきたがるんです。

橋口 そうやって、強いられてゆく定型や見せかけの中立が今たくさんあるから、少しでもズレたら、大騒ぎ、大炎上っていうことがあちこちで起きているという構造なんですね。安心したいためだったはずの「定型」が、結局不安を生んでいるということのループに私たちは入りこんでいるのかもしれません。

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内田 樹
うちだ・たつる●1950年東京都生まれ。思想家。神戸女学院大学名誉教授。凱風館館長。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。2007年『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第6回小林秀雄賞を、10年『日本辺境論』(新潮新書)で新書大賞2010を受賞。近著に『街場の文体論』(ミシマ社)、『ぼくの住まい論』(新潮社)、光岡英稔との共著『荒天の武学』(集英社新書)など。自身が運営するブログは人気サイトでもある。「内田樹の研究室」http://blog.tatsuru.com/

名越康文
なこし・やすふみ●1960年奈良県生まれ。精神科医。専門は思春期精神医学、精神療法。臨床に携わる一方で、テレビ・コメンテーター、雑誌連載、映画評論、漫画分析などさまざまなメディアで幅広く活躍中。近著に『自分を支える心の技法』(医学書院)、『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』『心がスーッと晴れ渡る「感覚の心理学」』(ともに角川SSC新書)、内田樹&西靖との共著『辺境ラジオ』(140B)など。毎月第1・第3月曜日に「夜間飛行」(http://yakan-hiko.com名越康文メルマガも配信中。

橋口いくよ
はしぐち・いくよ●1974年鹿児島県生まれ。作家。著書に『愛の種。』『蜜蜂のささやき』(いずれも幻冬舎文庫)、『アロハ萌え』『猛烈に!アロハ萌え』『おひとりさまで!アロハ萌え』(すべて講談社文庫)、『原宿ガール』(メディアファクトリー)、『小説 僕の初恋をキミに捧ぐ』『小説 少年ハリウッド』(ともに小学館文庫)など。最新情報はオフィシャルブログ「Mahalo Air」http://ameblo.jp/mahaloair/