官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第39回】深水かずは『初恋偽装』

公開日:2014/3/18

 二次会が終わったのは二十一時半で、さすがに三次会までなだれこむほどの体力も気力も志帆には残っていなかった。駅までタクシーに同乗させてくれるという上司たちの誘いをことわって、酔いを醒ますために駅までの道をひとりで歩く。ふくらはぎもつまさきも痛みが限界を迎えようとしていたけれど、へべれけの上司たちのおともをすれば、別の三次会に連行されるのは目に見えていた。

「しーほっ、ちょっと待てよ。一緒に帰ろうぜ」

 背中から思いもよらぬ声がかかり、志帆は目をしばたたいた。

「三次会は? お友達みんな、オールする勢いだったでしょ?」

「いいんだ、あいつらとはいつでも飲めるから。ていうかこのあいだ、結婚祝いって名目でさんざん騒いだばっかだし」

「でも……」

「せっかく久しぶりに会えたんだし、俺は志帆としゃべりたい。だめ?」

 うかがうようにのぞきこまれて、ノーといえるわけがなかった。志帆よりも十五センチくらい背が高いのに、そうやって上目づかいをしてくるのは昔から圭太の必殺技だ。だめじゃないけど、とぼそぼそ答えると、圭太はにかっと笑った。

「よかった! どうする、俺、このへんの店あんまり知らないんだけど、渋谷とかに移動する?」

「わたしもふだんこっちこないからわかんなくて……。圭太にまかせるよ」

「おっけ。じゃあとりあえずタクシー乗ろう。つかまえてくるからちょっと待ってて」

「え、でも駅そこだよ?」

「志帆、もう歩くの限界でしょ。ひょこひょこしてるの、ペンギンみたいでかわいいけど、その調子じゃ目的地につくのに一時間はかかりそう」

 言うがはやいか、圭太は大通りに飛び出していった。そのあとをゆっくり追いかけながら、志帆はまなじりをさげる。

(変わらないなあ……)

 いるだけで場がなごむ人、というのがどんな場所にもたいてい一人はいる。緊迫しかけた空気を禍根を残すことなく自然にほどいたり、愛すべきいじられ役になることでみんなの心をやわらかくしたり。

 大学時代、志帆の所属していたテニスサークルでその役割をになっていたのは、まちがいなく圭太だった。一学年あたりゆうに三十人は超えていたそのサークルで、志帆たちの学年が対立や分解することなく穏やかに四年間を過ごせたのは、圭太のおかげだ。

 そんな彼に想いを寄せる女子はたくさんいた。

 そして志帆も、その一人だった。

 タクシーが圭太の前で止まるのと、志帆が圭太のもとにたどりつくのとはほぼ同時だった。とりあえず渋谷まで、と運転手に告げる圭太の横顔にうっかり見入っていると、それに気づいた圭太が小さく口元だけで笑む。

「なに見惚れてんの?」

「べ、べつに見惚れてなんか……っ」

「嘘だよ。志帆に惚れてたのは、俺のほうだもんね」

 さらりと言われて、息をのむ。けれど圭太は視線を前にもどして、なんてことない調子で続ける。

「俺は志帆のこと大好きだったけど、志帆は俺のこと、好きじゃなかったもんな」

「ちがっ……」

「じゃあなんで、俺のことフッたの?」

 まさかこんな直球に、店にもつかないのに切り込まれるなんて思っていなかった志帆は、狼狽えてそれ以上答えることができない。言葉を探しているうちに、圭太の手がそっと志帆の右手に触れた。

「……俺、今日、志帆に会えてすげえうれしかった」

 

 

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