官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第47回】犬飼のの『人魚姫の弟』

公開日:2014/6/10

 リトも沈没船から運ばれた書物を読むのが大好きだったので、同じ本を読んでいることや、同じ感想を抱いていることに何度も感激した。

 あまり面白く感じられなかった物語も、地上の世界で生きるグレンの感性を通じて語られると、たちまち魅力的に思えてくる。

(夜なのに海の上が明るい。今夜は満月だけど、それだけじゃない。ああ……祝砲の音がする。あとは花火の音だ! 国中がグレン様の誕生日を祝ってる!)

 水面の先の光が明瞭に見えてきて、ようやく浮上の時が来る。

 王室の船を見つけたリトは、十分に距離を取ってから水面に顔を出した。

 水を通して聞いていた祝砲や花火の音が、はっきりと聞こえてくる。

 空には炎の花が咲いていた。グレンによく似合う金色の花が、月と競うように輝く。

(船の上でダンスを踊ってる! ああ……赤い礼服を着た一際背の高い人……あれがグレン様に間違いない。もっと、もっと近くで見なきゃ!)

 華やかに着飾った王族や貴族が、オーケストラの調べに合わせてダンスを踊り、グレンの相手は次々と代わっているようだった。

 フューンは暑い国だが、今は真冬なので誰もが暖かそうな服を着ている。

 グレンも長袖詰襟の礼服を着ていた。主役の王子は人の輪の中心にいるため海から姿を見るのは難しいが、ダンスの流れで時折ちらりと姿が見える。

 女性達はスカートの広がったドレスを着ているようで、グレンと踊る順番を待っていた。スカートの中には二本の綺麗な足と、踵の高い靴が隠れているのだろう。

(姉上は足を欲しがって、誰よりも綺麗だった声を失った。その気持ちが今の僕にはわかるけれど、でも僕は……そんなことはしない。イルカの姿で地下水路に忍んで、彼の話を聞くだけでいいんだ。踊れなくてもいい、喋れなくてもいい。毎晩会えて、撫でてもらうことができるし、イルカの姿ならキスだってできる……)

 自分にそう言い聞かせてみても、心はキリキリと痛んだ。

 盛大なパーティーの様子を眺めながら、リトは王子の唇の感触を思いだす。

 グレンに年の離れた弟が出来た夜、彼は上機嫌でキスをしてくれた。キスはたった一夜、その夜だけだったけれど、彼は連続して何度も唇を押し当てて、「私にはお前という友がいるのに、このうえさらに弟が出来るなんて」と、歓喜の声を上げた。

(僕は貴方の友達……その事実は言葉にできないくらい嬉しいこと。グレン様と同じ雄だから、それ以上なんて望めないのはわかってるし、本当に、凄く幸せ……)

 姉は白い肌の王子と結婚できなかったために、海の泡になってしまった。

 自分は雄で、グレンは男で──姉が目指した結末を夢に見ることさえ許されない。

 リトは自分が如何に幸せであるかを噛み締めては言い聞かせ、遠い船上の宴に目を潤ませた。いつもは乗馬服や剣術の練習着のまま地下水路に来る王子が、きらびやかに着飾っている姿が見られて、遠目ではあったけれど嬉しかった。そういう、いいことばかりを記憶に留め、いつも感謝していたい。喜んでいたい。

(そう思うのに、望みは増えていって……もっと傍にいたいと思ってしまう)

 足があったらいいのに。人間の娘だったらいいのに。

 腰から上は人間と変わらず、リトの姿は北の国の人々に似ている。

 透き通るような白い肌、薔薇色の頬と唇、深海色の瞳、黄金色の髪──父王にも、亡き母や姉にも美しいと言われたこの姿は、彼の好みに合うだろうか。もしも人間の娘だったら、彼の恋人になれたのだろうか──。

 

 

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