【第10回】ゲームをやり始めたら止まらないので、『「やめられない心」依存症の正体』を読んでみた

2012/9/4

ちょっと難しくなったので、
自分の例で簡単に説明するとしましょう。ヒャダイン劇場!

「うわー、曲〆切近いのに全然出来てないー!
夏なのに休みゼロだー。
家にいてもひとりだー。
さみしいよう。
あ、そうだ。ゲームしよう。
ポチリ。むふふ。私は雑賀孫市なるぞ。
雑賀衆よ、私についてこい。
雑賀の弾丸をおぬしは弾き返せるかな、ふふふ。
嗚呼楽しい。雑賀孫市強いなあ。
ゲームの中にいたらイヤなことを考えずにすむなあ。
たのしいなあ。
・・・・・・。
うわ、やべ。4時間経ってんじゃん。これ、やばいぞ。
ダメ人間じゃないか、俺。いやいや。
だってさ、休みゼロで働いてたしこれくらい自分へのご褒美でいいじゃん。
あとストレス解消にもなるし。あと歴史にも詳しくなるしね。
あとゲームの仕事をする時に参考になるよね。
あと、あと・・・・・。」

そして次は第二段階。
「ライフスタイルに変化が起きる」。
アディクションによって人間関係を放棄するようになって、
だんだん社会性、人間性が崩壊していき、
周りの人々に迷惑をかけ始めるのが第二段階とのことです。
ウソをついたり、人を非難したり、拒絶したり。
これを繰り返すことにより、周りの人々も
「あいつ、ヤバいわ。いっちゃってるね。」というレッテルを貼り、
ますます社会的に孤立していき、
それにより本人はアディクションへの傾倒を深めていく、とのことです。
しかし、自分でも「ヤバイかも」と思って更生しようとするんだけど、
そのたびにアディクションの誘惑に負けて、
そんな自己嫌悪を払拭する為に、前よりもっとハマっていく。
わかりやすい例で言うと、
アルコールアディクションの人が「酒をやめよう!」
と思って家のアルコール全部棄てたけど、
偶然友達に誘われてお酒を頼んでしまって、
「ああ、俺って意志が弱い」って自己嫌悪に苛まれてそこから逃げるために、
家に帰ってもっと酒を飲むようになるってことです。
こうなると社会性、人間性をどんどん失っていき、
自分をコントロールできなくなってきます。

 

 

そして第三段階。
「人生が崩壊を始める」。これが悲惨で。
本来、“気分の変化”のために手を出していたアディクション行為をしても、
もはや最初の頃のような高揚感を感じなくなってくる。
体が慣れたのもあるだろうけど、何よりも、
逃げていたものの積み重ねが大きくなりすぎたのが原因のようです。
今まで、お酒とかドラッグとかで解消していたストレスやトラウマ、
現実問題などなどは、所詮目を背けていただけであって、
実は体内でどんどん蓄積されていてまったく解決されていない。
その重圧や絶望感で精神が崩壊を始めていくとのことです。
ここまで読んで、
「アディクションが高揚感を与えないなら、もう辞めれるんじゃないか」
と思ったのですが、さすが名著。そこにも言及していて、
「第三段階にもなるとアディクション行為がルーティン化されていて、
高揚感を得ないにしてもルーティンに従うことで心理的に安心感を得れる」らしい。
異常行為が日常化してしまった、てことですね。
第三段階まできたらいよいよマズいみたいです。
そりゃそうですよね。
どこにも救いがなくなってしまった、てことですもん。