なぜか朝食に現れなかった宿泊客。昨夜、最後にやって来た怪しげな宗教家の部屋を訪ねると…/密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック⑤

文芸・カルチャー

公開日:2022/3/7

 目覚めると、時刻は朝の八時だった。カーテンを開けると庭の白が映る。昨日の昼に降った雪だ。積もっている量は変わりないので、夜間には降らなかったのだろう。

 僕は部屋の洗面台で顔を洗った後、服を着替えて隣室の夜月を訊ねた。扉をノックすると、寝癖頭の彼女が姿を現す。彼女は不機嫌に言った。

「……、何、こんな朝っぱらから」

「いや、一緒に朝食を食べに行こうと思って」

「香澄くんは頭がおかしいの?」

 心外なことを言われた。夜月は溜息をついて言う。

「こんな朝っぱらから朝食なんて食べるわけないじゃん。休みの日の朝食はね、昼過ぎに食べるものなの」

 それはもう昼食なのでは?

「屁理屈こねるな、バカ」

 そう言い放たれて、バタンと扉を閉められる。僕はとても悲しかった。

 仕方なく一人で食堂に向かうと、そこにはもう既に何人もの人たちが集まっていた。朝食は洋食を中心にした簡単なバイキング形式らしく、品数は十品くらい。僕はそこからオムレツやウィンナーをよそい、英国風の朝食プレートを作り上げる。

 どこに座ろうかときょろきょろしていると、一人で朝食を食べている彼女の姿を見かけた。僕はその向かいの席にお盆を置く。

「おはよう」と僕は言った。

「うん、おはよう」と蜜村は返した。

 そんな蜜村のプレートには、オムレツと目玉焼きがそれぞれ二つずつ載せられていた。卵だらけだ。そういえば彼女は昔から卵料理が好きだったか。一緒に中華系のファミレスに行った時も、きくらげの卵炒めと、かに玉チャーハンを食べていたし。

 そんな思い出に浸っていた僕に、蜜村は訝し気な視線を向ける。

「どうしたの、にやにやして」

「いや、相変わらず卵料理が好きなんだなと思って」

「私、前世がニワトリなの」

「そうだったのか」

「そうよ、年を取って卵が産めなくなって、最後は唐揚げにされてしまったの」

「悲しい前世だな」

「ええ、だから来世はいっぱい産めるように、こうして栄養を溜めているのよ」

「来世もニワトリになる気なのか?」

「残念ながらね。私はニワトリと人間に交互に生まれ変わる体質だから」

 蜜村は真顔でそんな冗談を言う。僕は何だか懐かしい気分になった。そういえば、彼女とは中学の時もこうして下らない話をよくしたか。

 朝の十時ごろ、僕と蜜村がロビーで携帯用のオセロで遊んでいると、少し焦ったような顔で夜月がそこにやって来た。

「もしかして、もう朝食終わっちゃった?」

 どうやら今起きてきたらしい。僕はオセロをひっくり返しながら、「もう終わったよ」と言った。「朝食は八時から九時までだったから」

「それ、本気で言ってるの?」真顔でそう返された。本気も何も、昨日フロントでチェックインした際にそう説明を受けたはずだが。

 夜月は悲しそうな顔でグゥとお腹を押さえる。

「でも、私、お腹が空いたよ」

 そのタイミングで僕のオセロが蜜村に大量にひっくり返される。僕は「あっ」と声を上げた。「真っ白じゃん」と夜月が言った。確かに盤面は真っ白で、僕の黒石は全滅していた。……、オセロでここまでの大敗が本当にあり得るのだろうか?

「ねぇ、そんなことより朝食」

「我慢しろよ」僕は不機嫌に夜月に言う。「十二時には昼食の時間だし」

「そんな、オセロの大敗を私に当たらなくても」

「大敗じゃない。本当に紙一重だったんだ」

「紙一重」蜜村が盤面を見ながら、訝し気な顔をした。

 そんな僕らを見かねて、カウンターにいた詩葉井さんがやって来た。「あの、何かお出ししましょうか?」と親切にも言ってくれる。「バイキングの残り物になってはしまいますが」

「えっ、本当ですかっ? やったっ!」夜月は厚顔無恥に喜んだ。こういう大人にはなりたくないなと思った。

 そこで、詩葉井さんは思い出したように言う。

「そういえば、朝比奈様の他にも一人、朝食に現れなかったお客様がいるのです」

 夜月の他に、もう一人?

「寝坊ですか?」と僕は訊く。

「そうかもしれません。でも、少し妙なのです」

「妙?」

「そのお客様の部屋の扉に、何故だかトランプが貼り付けられているのです」

 その言葉に、僕は眉を寄せる。それは確かに妙だが─、

「誰かの悪戯かな?」夜月がそう興味を示す。「それとも、その部屋に泊まっている人が自分で貼ったとか?」

「でも、いったい何のために?」そのどちらのケースであったとしても、意図がよくわからない。

 僕はしばし首を捻った後で、肝心なことを迷路坂さんに訊き忘れていたことに気が付いた。なので、こう訊ねる。

「そのトランプが貼られた部屋に泊まっている客というのは誰ですか?」

「神崎様です」

「神崎?」誰だろう。

「昨日の夜、最後にやって来た」

 ああ─、と僕は思い出した。あの『暁の塔』の神父か。

 オセロをしまっていた蜜村が「昨日の夜にやって来た客?」と首を傾ける。そういえば、神崎がやって来た時、蜜村はその場にいなかったのだったか。

「じゃあ、とりあえず様子を見に行ってこようか」夜月がそう提案する。「現場百遍って言うしね、行けば何かわかるかも。私の名探偵としての勘がそう言ってるよ」

「夜月さんは名探偵だったのね」蜜村がそう相槌を入れる。

「いつになくやる気だな」僕は訝し気な視線を夜月に向けた。正直、夜月はこの手の謎に関心がないタイプだと思っていたが。雪城白夜が残した『雪白館密室事件』の謎にも、まったく興味を示さなかったし。

 すると夜月は照れくさそうに頬を掻いて、「実は最近、人生で初めて『日常の謎』の小説を読んだんだよね」そんな大胆な告白をした。

「だから、一度言ってみたかったんだ。『私、気になります』って」

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