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じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

作家
鷲田清一
出版社
講談社
発売日
1996-07-19
ISBN
9784061493155
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あらすじ

●探せばどこかにじぶんはある? ●女の子は「女装」によって女になる ●過敏になったじぶんの先端 ●小さな不幸がひきたて幸福 ●アイデンティティの衣替え ●わたしはだれにとっての他者か ●他者のなかに位置を占めていない不安 ●泳ぐ視線、のぞく視線、折れ曲がる視線 ●他人の視線を飾る行為 ●じぶんがぼやけることの心地よさ

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書) / 感想・レビュー

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夜間飛行

オリバー・サックス描く模倣発作に取りつかれた老女の《吐きだし方》は、生の反動のようなものか。自分に形を与えるプロセスが政治的なもので、《それをはずれるものには欠陥とか劣性といった否定的なまなざしでみずからを見ることを強いる》なら、老女は〈非‐わたし〉を差別する〈わたし〉を吐き出していたのだろう。著者は、自分とは《在るというより語り出されるもの》であり、《わたしたちはじぶんになりたいと同じだけ、じぶんから降りたいと思っている》と言う。そうやって他者の他者として自分を確認する能動性を見出す道は、人それぞれだ。

2017/05/27

里愛乍

先日懇意にしている絵師が、共通の友人について少し本音を漏らした。「彼女は私の絵を本当に褒めてくれる。好きだと言ってくれる。でもあまりにも絵のことでしか褒めてくれない」絵だけじゃなくて、自分をちゃんと見て欲しいと云うのだ。そんな他人を感動させるような才能を持ちながら、まあなんて贅沢な悩みと凡人な私は思ったのだけど。性別環境その他諸々の要素で今の自分が形成されてるのなら、それら全て取っ払った時、それが本当のむき出しの自分であるのならば。なら、今此処にいる自分は一体何なんだろう。それだって〝じぶん〟でしょう?

2017/11/02

KAKAPO

<わたしはだれ?>という問いに答えはない。だれかある他者にとっての他者のひとりでありえるというなかに、自分の存在を見いだすことができるだけだ。≪他者の他者≫であるかどうかは、レインも言っていたように、他人のなかにじぶんが意味のある場所を占めているかどうかにかかっている……だとしたら、自我を支えるために、自分が、だれかある他者にとって、意味のある存在だろうか?という問いに自信を持って応えられるよう、人生のあらゆる局面で有効な選択をしなければならない。準備さえできていれば、意味のある存在になれるはずだからだ。

2017/04/05

haru@(プチ復活)灯れ松明の火

哲学書って面白い。神や宗教に頼らず自己研究し論じた後、結局わからないのだ。で、終了。私は翻弄され放置される(笑。途中で何を掴み得るかだ。今日、精神内科より紹介状を書いてもらい、いつもの内科病院に戻ってきた。本書を読みながら図書館風の待合室にいた自分に、数ヶ月ぶりに会う看護師さんが「良かったですね」と声をかけてくれた。「〈わたし〉というものは《他者の他者》としてはじめて確認されるものだ、という考え方をここで思い出そう」看護師さんにいる〈わたし〉それを見る〈わたし〉哲学だ・・。結局、とても嬉しく思ったのです。

2010/09/15

碧海

映画インセプションに「この世で最も強力な寄生虫はアイディア」という台詞がありますが、題名の「自分とは何か」という問いは誰でも浮かぶだろうし、一度思いついたら中々離れず、自分を食い潰しかねない問い。本書はその疑問を日常の違和感レベルの例え話を用いて易しく解き明かしながら、本格的な哲学への扉も開いてくれます。もちろん答えが出ないだろう問いで、読後やっとスタート地点に戻ってきたようなものですが、漠然とした不安のままでいるより、考えてもう一度辿り着いたことに意味があり、0°と360°は違うのではないでしょうか。

2015/10/24

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