稲垣吾郎が選んだ1冊は?「僕自身、当時やり残したことがあると感じ続けているんだと思います。」

あの人と本の話 and more

公開日:2023/11/14

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年12月号からの転載になります。

稲垣吾郎さん

 毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、稲垣吾郎さん。

(取材・文=松井美緒 写真=山口宏之)

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 稲垣さんが『少女は卒業しない』を手に取ったのは、上梓されたばかりの2012年のこと。朝井リョウさんともちょうどこの時期、番組を通して知り合った。今年2月に公開された映画版を観て読み直し、改めてその面白さに心打たれたと言う。

「この小説の繊細な言葉が、とても心に響きました。朝井さんは誰が主人公でも、ものすごいリアリティで書かれますよね。本当にモンスター級の作家さんだと思います」

 リアリティがあるからこそ、普遍的に読者を惹きつける。稲垣さんは、自身の中学の卒業式に思いを馳せた。

「高校は芸能コースなので、僕にとって卒業というと中学なんです」

そして思い出すのは、むしろ経験できなかったこと。

「中学からもう仕事をしていたので、何というか皆と同じ学校生活ではありませんでした。当時はテレビに出るなんて珍しかったから、他の学校の子が見に来たりして。僕はこの小説の主人公たちのような気持ちでは卒業式を迎えられなかった。彼女たちに憧れるし、少し悲しくもあります。それはつまり、後悔はしていないけれど、僕自身、当時やり残したことがあると感じ続けているんだと思います」

 間もなく公開される朝井リョウさん原作の映画『正欲』で、稲垣さんは主演を務める。この小説も発売時に読んでいたという。

「映像化は難しいと思っていましたから、オファーをいただいてとても嬉しかったです」

 稲垣さんの役どころは、検事の寺井啓喜。彼は、不登校になった息子が“普通”ではなくなることを、極度に恐れている。稲垣さんが体現する啓喜の世間=マジョリティへの固執。そのリアリティが、新垣結衣さん演じる夏月らの秘密と隔絶、物語の本質を照らし出す。

「“普通”って何?というのが、まさに本作の主題の一つです。啓喜の中の“普通”がどんどん揺らぎ、最後には崩れていく。そのグラデーションを丁寧に見せられればと」

 これまでは、ある種個性的な一面をもっている役柄を演じることが多かった。

「だから啓喜は新しいアプローチでした。感情が表に出過ぎないよう抑える一方で、“普通”に潜む狂気や凶暴性も観ている方に感じさせたかった。彼の持つ“普通”と、一見した特徴のなさみたいなものは、これから僕が役者を続ける上で、テーマになるかもしれません」

ヘアメイク:金田順子 スタイリング:黒澤彰乃

いながき・ごろう●1973年、東京都生まれ。2017年、「新しい地図」を立ち上げる。10年に『十三人の刺客』で日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞助演男優賞など、19年公開の『半世界』で東京国際映画祭観客賞などを受賞。他の主な出演映画に、『海辺の映画館─キネマの玉手箱』『ばるぼら』『窓辺にて』など。

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映画『正欲』

映画『正欲』

原作:『正欲』(朝井リョウ/新潮文庫) 監督:岸 善幸 脚本:港 岳彦 出演:稲垣吾郎、新垣結衣 配給:ビターズ・エンド 11⽉10⽇(⾦)公開
●息子が不登校になった検事の寺井啓喜。単調な日々を繰り返している桐生夏月は、佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知る。ダンスサークルに所属する諸橋大也。学園祭実行委員の神戸八重子は大也を気にしていた。異なる背景を持つ彼らの人生がある事件をきっかけに交差する。
(c)2021 朝井リョウ/新潮社 (c)2023「正欲」製作委員会