第168回直木賞受賞作、決定間近! 直木賞ノミネート5作品を一挙におさらい

文芸・カルチャー

公開日:2023/1/19

 2023年1月19日、第168回芥川賞と直木賞の受賞作が決定する。直木賞では雫井脩介氏・凪良ゆう氏の2人が初のノミネートとなったが、一体今回はどの作家のどんな作品がこの栄えある賞を受賞するのだろうか。受賞作決定前に、ノミネート作を一挙におさらいするとしよう。

『光のとこにいてね』(一穂 ミチ/文藝春秋)

『光のとこにいてね』(一穂 ミチ/文藝春秋)

 人には、タイミングというものがあって、どんなに相手を愛おしく思っていても、その人と遠ざかってしまうということは、往々にしてある。大切なのは、「今なら」というタイミングが訪れたとき、行動に移せるかどうか。一穂ミチ氏の『光のとこにいてね』(文藝春秋)は、そんなことを思わせてくれる小説だ。

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 小学2年生のとき、結珠(ゆず)はとある団地に住む果遠(かのん)に出会った。医者の家に生まれた結珠とシングルマザーの母親と暮らす果遠は何もかもが正反対。それでも、母親が原因で孤独を抱える2人は強く惹かれ合う。その関係はあるきっかけで途絶えたものの、彼女たちは日常に唯一差し込む光だった互いの存在を忘れることはなかった。そして高校入学の日、2人は再会を果たすのだが…。

「光のとこにいてね」というのは、2人のかわした約束だ。運命に導かれ、運命に引き裂かれる2人の物語はどう帰着していくのか。彼女たちの幸せを祈るように追い続けた読者の心にも、クライマックスにはきっと優しい光が降り注ぐに違いない。


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『地図と拳』(小川 哲/集英社)

『地図と拳』(小川 哲/集英社)

 小川哲氏による『地図と拳』(集英社)は、日露戦争から太平洋戦争までの日本の灰色の時代を紡ぐ歴史大河小説。満洲の架空都市〈仙桃城(シエンタオチョン)〉にひき寄せられた人々の姿が群像劇として描き出されていく。大きなテーマとなるのは「建築」。小川氏によれば、この作品は大同都邑(とゆう)計画という実際にあった満洲の都市計画をもとに、実現しなかったこの計画が実際に進んでいたらどうなのかと考えて書いていったというが、当初プロットは作らず、試行錯誤の連続だったという。

 日本が戦争をし、海の向こうに植民国家を作ろうとした時、その時代の人々は、誰かを傷つけたかったわけではなく、何かを守りたかったからその道を選び、彼らなりのロジックで、正しいと思う道を突き進んでいったのではないだろうか。かつて満州にあったのは、善と悪の戦いではなくて、それぞれの善を抱えた者同士の、善と善との戦い。一人ひとりが正しいと思って進んだ道が、思わぬ大きな流れを生み出すこともある。その様子が、ひとつの架空都市が生まれ、滅びゆくさまとともに克明に描き出されたこの作品は、フィクションとはいえ、決して他人事ではない。


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『クロコダイル・ティアーズ』(雫井 脩介/文藝春秋)

『クロコダイル・ティアーズ』(雫井 脩介/文藝春秋)

「人を呪わば穴二つ」という言葉が読後に思い浮ぶのが、雫井脩介氏の『クロコダイル・ティアーズ』(文藝春秋)だ。

 ある時、老舗陶磁器店を営む夫婦の息子・康平が殺された。犯人は康平の妻・想代子の元恋人。その人物は裁判で「想代子から頼まれて殺した」と証言するが、それは事実なのかどうか。もちろんそんな証言は苦し紛れのいやがらせで、本当に疑わしいところがあれば、警察が動いているはずだが、息子を殺された親の立場からすれば、一度芽生えた疑念は、そう簡単には晴れない。姑・暁美から見れば、想代子は悲嘆にくれる様子はなく、康平のいなくなった生活を満喫し始めているように思え、嫁のことが怪しく思えてたまらない。そんな感情の捻じれは、さらなる事件を呼び、一家を混乱の渦へと巻き込んでいく。

 描かれる悲劇の連鎖は、どれほど平和に見える家族にとっても、決して無関係なものではない。ラスト、解決に導かれてもなお「本当はどうだったのか」が薄いヴェールに包まれ、つかみきれないところも、読んでいてまたおそろしいのである。


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『しろがねの葉』(千早茜/新潮社)

『しろがねの葉』(千早茜/新潮社)

 深い悲しみに身を置きながら、生き長らえようとすることは容易ではない。ひどい苦しみの最中、人はどのように己の人生と向き合うべきなのか――。千早茜氏の『しろがねの葉』(新潮社)は、そんな難題に幾通りもの道筋を示す時代小説だ。

 物語は戦国末期、夜逃げを画策したある家族が村人に見つかり、幼い娘・ウメが一人で必死に逃げ切ろうとするところから始まる。ウメが迷い込んだのはシルバーラッシュに沸く石見銀山。幾人もの銀掘を抱える天才山師・喜兵衛に拾われた彼女は、女だてらに坑道で働くことになる。だが、徳川の支配強化により喜兵衛は生気を失い、ウメは欲望と死の影渦巻く世界にひとり投げ出されて……。

 人が生き続ける理由は、本能的なものであり、理屈ではないのかもしれない。ウメをはじめとして、銀山で懸命に生き抜いたさまざまな立場の数々の男や女の姿を知るにつれ、その全ての命が力強く煌めいてみえる。そして、それは生きることの重みを、現代を生きる我々に伝えてくれるだろう。


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『汝、星のごとく』(凪良ゆう/講談社)

『汝、星のごとく』(凪良ゆう/講談社)

 誰も自分の人生の責任を取ってはくれない。だが、だからこそ、癒えない傷を負う結果になったとしても、自分が生きたいと願う人生を選ぶべきだ。それが自分を幸せにする唯一の手段だということを教えてくれるのが、凪良ゆう氏の『汝、星のごとく』(講談社)だ。

 風光明媚な瀬戸内の島。父が他所に恋人を作り、母は心に不調をきたしている高校生の暁海にとって、唯一の生きる希望は、恋人の櫂の存在だった。高校で出会った彼は、島の外からやってきた転校生。男をつくっては捨てられて泣く母親にふりまわされ続けてきた彼もまた、暁海と似た孤独を抱えていた。高校卒業後、東京で華々しい生活を送る櫂と、櫂の恋人であるということ以外、誇れるものが何もなくなってしまった暁海。彼らの間に生まれた溝はその後、年月をかけて少しずつ大きくなっていく。

 途方もない痛みを抱えながら、それでも自分の人生をつかもうとあがく暁海と櫂。その姿は、きっと、不器用で正しく生きられない私たちにとって、新たな救いとなるに違いない。


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 もし、未読の作品があれば、ぜひとも手にとってみてほしい。日本で栄誉ある文学賞のひとつである直木賞の候補作。どの作品が受賞してもおかしくない、魅力的な小説ばかりだ。力作揃いの中、一体どの作品が受賞するのか。芥川賞とあわせて、今からその結果が楽しみだ。

第168回芥川賞候補作

安堂ホセ『ジャクソンひとり
井戸川射子『この世の喜びよ
グレゴリー・ケズナジャット『開墾地
佐藤厚志『荒地の家族
鈴木涼美『グレイスレス

文=アサトーミナミ

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