児童福祉の専門家が性犯罪の加害者に!? “正しさ”が乱立する矛盾だらけの現代を揺さぶる、衝撃作!

文芸・カルチャー

更新日:2023/2/13

フィールダー
フィールダー』(古谷田奈月/集英社)

 本書『フィールダー』(古谷田奈月/集英社)は、読み手の足元がぐらつく小説である。

 総合出版社・立象社の社会派オピニオン誌の編集者である主人公・橘泰介は、担当である児童福祉の専門家、黒岩文子が女児に対し、性的加害しているという噂を社内の週刊誌記者から聞く。橘自身もまた協力プレイができるオンラインゲーム「リンドグランド」上でプレイヤー仲間との問題を抱えていく。

 我々は今、多様な“正しさ”が乱立するただ中に身を置く時代に生きている。あるひとつの“正しさ”にすがることで、必然的にもう一方の“正しさ”と対立してしまう。どちらの“正しさ”にすがることも可能だが、それは“矛盾”として自身の考えが“正しくない”ものとなってしまう。また、ある“正しさ”を絶対とした場合、それ以外の“正しさ”は間違いでなければならず、自身の“正しさ”に縛られ、思考は硬直していく。

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 本書は、気付けば身動きが取れない“今”に気付かせてくれる作品だ。

 黒岩文子は、弱者のための活動というのは非当事者がどれだけ当事者意識を持てるかという挑戦だと語る。しかし彼女自身、児童問題の専門家でありながら自身に子どもがいなかった。そうした自己矛盾のなかで「当事者でなければ」という彼女の“正しさ”がそこにはある。

 主人公の橘は編集者としてそんな黒岩の“正しさ”を信頼しているが、橘の行動や判断もまた彼なりの“正しさ”なのだ。そして黒岩の噂の真相を突き止めようとする、週刊誌記者の百瀬は、被害者である女児の保護と安全を第一に考え、真相を究明するべく橘と衝突する。読者は登場人物それぞれの“正しさ”から生まれる物語の矛盾に翻弄され、先が見えずに自身の足元がぐらついてくるのである。

 舞台となる総合出版社の立象社もまた、社会派のオピニオン誌だけでなく、自社のスキャンダルをも追及する週刊誌や、エロを売りに炎上も気にしない稼ぎ頭の少年向け漫画誌を抱えており、出版社としての矛盾を抱えている。

 本作はそうした絡み合った矛盾を解こうとはせず、あえて対立する“正しさ”の渾沌を描こうとしているように見える。

 それはまさに現実に我々が、“正しさ”の渾沌に直面しているからにほかならない。現実の世界は矛盾に満ちているのである。

 また本作で異質なのが、橘が没頭する「リンドグランド」というスマホのオンラインゲームの世界である。仲間と共闘してモンスターを倒すゲームだが、その仮想空間では橘が現実世界で直面している問題と比べれば、プレイヤー間のコミュニケーションはとても軽やかだ。しかし、プレイヤーそれぞれにはリアルな世界が存在し、生活があり、そしてゲームの世界でも対立は生まれる。このオンラインゲームの仮想世界が現実と絡み合うクライマックスの橘の行動はとてもスリリングであり、そこにもまた矛盾が生まれる。

 本書のタイトル『フィールダー』とは、“フィールド”に立つ当事者、そしてゲームのフィールドを意味する。しかし現実のフィールドはひとつであり我々がそのフィールドで生きるには多くの正しさの矛盾と付き合わなければならないのである。

文=すずきたけし

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