映画監督・山田洋次×小説家・原田マハ! ふたつの才能が掛け合わさった、映画愛たっぷりのコラボ小説

文芸・カルチャー

PR公開日:2023/11/8

お帰り キネマの神様
お帰り キネマの神様』(原田マハ/文藝春秋)

 映画監督・山田洋次氏と、小説家・原田マハ氏。ふたりの才能がかけ合わさった究極ともいえるコラボ映画をご存じだろうか。それは2021年公開の映画『キネマの神様』。菅田将暉氏と沢田研二氏がW主演したこの映画では、“映画の神様”を信じ続けた男の姿がいきいきと描き出されている。原作は原田氏による同名小説『キネマの神様』(文藝春秋)。だが実は、この映画は原作とは内容がまるで異なるのだ。原作の登場人物の個性的なキャラクターを生かしてはいるが、山田監督は原作の重要なふたつのエッセンス、「映画愛」と「家族愛」を抽出して深めつつ、さらにそれに自身の若き日を重ねて、完全に監督自身の作品にした。だからこの映画は小説の単なる「映像化」ではなく、ふたりの才能を掛け合わせた奇跡の作品といえるのだ。

 原作をもとに新しい物語を生み出すのは、原作に対する深い読解と敬意、真の想像力がなければできないことだろう。だからこそ、原田氏も監督の脚本を初めて読んだ時、その内容に深い感銘を受けたらしい。そして原田氏は、映画の内容をさらに発展させて再び新しい物語を紡ぎ上げた。それが『お帰り キネマの神様』(原田マハ/文春文庫)なのである。なお本作は、2021年発刊の『キネマの神様 ディレクターズ・カット』を改題し文庫化したものである。

 そうは言われても、『キネマの神様』と『お帰り キネマの神様』はどう違うのか、当然疑問に思うだろう。ではまず『キネマの神様』のあらすじをおさらいしてみよう。

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『キネマの神様』の主人公は、39歳独身女性の歩。彼女が会社に辞表を提出したその日は、奇しくも映画とギャンブルが趣味の父・ゴウが突然倒れた日だった。しかも、ゴウが多額の借金を抱えていることも発覚。歩は仕事探しに苦戦するが、ある日、ゴウが映画雑誌『映友』に歩の文章を投稿したのをきっかけに、歩は『映友』の編集部に採用されることに。ひょんなことからゴウも映画ブログをスタートする。

 そして『お帰り キネマの神様』の方は、登場人物はほぼ同じだが物語は別物。特にゴウの過去が多く描かれているのが特徴だ。こちらの物語で歩はバツイチ。一人息子・勇太とともに実家に出戻り、父母と4人で暮らしている。ギャンブルばかりで家族に呆れられていた父・ゴウは、50年ほど前は映画の撮影所で助監督として働いていたのだという。映写技師・テラシンやスター女優・園子、そして、撮影所近くの食堂の娘・淑子とともに、青春の時を駆け抜けていた。だがとある事件をきっかけに、ゴウは撮影所を辞めることに。そして2020年、ゴウの孫の勇太は、古びた映画の脚本を手に取る。そのタイトルは、「キネマの神様」。それはゴウが脚本を書きながらも、撮影を放棄した作品だった。勇太の力を借り、「キネマの神様」を新しく現代版として蘇らせることになるゴウ。ゴウは勇太とともに無我夢中で脚本執筆に励んでいき……。

 あらすじを見るだけでも、ふたつの小説が全く別物であることは明らかで、どちらも家族の再生と映画の持つ力を描いてはいるが、まるっきり違う物語なのだ。だが、どちらの作品にもグッとくる。ギャンブル三昧だったゴウが夢中になれるものを見つけるのは微笑ましいし、何よりゴウがもたらす奇跡は、あまりにも感動的だ。そして家族の絆が再び結ばれていくさまは圧巻。さらに、ゴウによって親友・テラシンの営む名画座の運命までもが変わっていくことにも涙が込み上げた。映画は人と人を繋いでくれるものなのか。こんなにも大きな力があるものか。どちらも読み終えた時、心が温かい気持ちで満たされた。

 映画には神様が宿るに違いない。それも、とびきり優しい神様がついているに違いない。山田監督の心を動かした映画の原作『キネマの神様』が面白いのはもちろんのこと、監督と原田氏の才能がかけ合わさり、さらなる進化を遂げた小説『お帰り キネマの神様』にもワクワクさせられる。『キネマの神様』を既読という人も、『お帰り キネマの神様』でも映画がもたらす奇跡に胸が熱くなり、新たな感動を味わうことができるだろう。映画を愛するすべての人に読んでほしい、傑作から生まれた傑作だ。

文=アサトーミナミ

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