SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第33回「お墓参り」

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公開日:2024/3/27

「なア」

「うん」

「でかくね?」

「うん」

 想像していた何十倍もの広大な敷地が目の前に広がっていた。野球とサッカーとラグビーとが一度に行えそうなほどに、だから卓球だったら数百試合行えそうなほどに、その墓地は広かった。あれは地平線なのではないだろうかと思しき果てを見つめていると、傍で藤田が露骨に焦っていた。紙切れに書かれた何かを必死に見ながらぶつぶつ言っている。

「縦軸がこれで、横がこうだから、4番目の道を進んで、この区画の突き当たりで」

 まるで暗号だ。私はそのまま言った。

「暗号かよ」

「暗号だよ!」

 暗号なのかよ。入り口には決して丁寧とは言えない小さな地図が備えられていて、藤田の視線は、その地図と手元の紙切れとの間を何度も往復していた。

「大丈夫かよ」

 私の声に藤田が反応して顔を上げる。そして一度下唇を強く噛んでから叫んだ。

「大丈夫だよ!」

 大丈夫じゃねエだろ。しかし明らかな見切り発車でズンズン歩き始めた藤田をそのままにしておくわけにもいかず、私は慌ててその背中に続いた。

 まっすぐ進んで右に曲がり、しばらく行ってから左へ曲がって、数歩進んで左。良い頃合いで右へ曲がってまっすぐ進む。そこから太陽の方角を確かめ、それに背を向ける形で直進。小休止の後、謎の老人から受け取った首飾りが発光して指した方角へひたすら歩く。すると藤田が叫ぶ。

「なんでまた入り口に戻ってるんだ!」

「落ち着けよ」

「もう何度目だよ!」

「落ち着け」

「助けてくれエ!」

「落ち着けって」

 藤田を宥めて、しっかり地図を見直して、そこから三十分弱。ようやくUのお墓に到着した。それはもうさながら、クレタ島のラビリンスから無事に脱出できた心持ちだった。泣きながら讃え合う二人のテセウス。しかし長時間に及ぶ謎を解き明かした歓びは、瞬く間に収束した。藤田も、そして私も、Uのお墓を前にしてすっかり黙りこんでしまったからだ。

「え、なんで」

 長い沈黙の後、ようやく口を開いた藤田に私も続く。

「なんでだろうな。なんでこんなに汚れてるんだろ」

 目の前のUのお墓は荒れていた。しばらく前に供えられたのであろう枯れた花を尻目に、伸びるままにされた雑草。くすんだ墓石を前に二人はしばらく立ち尽くした。

 底冷えのような寂しさは、未だかつて経験したことのない感情で、どうしたら良いのかわからなくなってしまったのだ。どれくらいそうしていただろう、しかしどちらかが示し合わせるでもなく、藤田も私もおもむろに動き始めた。雑草を綺麗にし、墓石を洗い、新しい花を供えて、線香に火をつけるまで二人は無言だった。

 見違えるようになったUのお墓を前にして、藤田は言った。

「ごめんなア」

 もっと早く来ればよかった。私も思っていた。

 傾き掛けた陽で橙色を帯びた墓石から、二人は目を離せないままでいた。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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