官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第43回】葵居ゆゆ『好きって言うから聞いていて』

更新日:2014/4/23

 雑誌コーナーはいつものように年齢不詳の男がいかがわしい雑誌を立ち読みしているので避けて、たいして興味のないアイスコーナーを覗き、もっと興味のない缶入りのアルコールを眺める。いっそ買おうかな、と思った。ほとんど飲めないけど、そうだ、レジで年齢確認されないかどうか試してみようか。されたりしないに決まってる。新幹線のおじさんには二十七回も顔を子供っぽいとけなされたが、ちゃんとスーツ着てるし鞄だっていかにもなビジネスバッグで、眼鏡もかけているからどこからどうみても立派なサラリーマンのはずだ。事実、働いているんだし。もう二十六だし。

 いくつか見比べて、一番アルコール度数の低い桃の飲料を選んで、デザートコーナーに移動する。意外と和菓子系が充実していて、みたらし団子やおはぎを見ると祖母を思い出した。少しせつなく眺め、結局プリンを取る。明日の朝用にヨーグルトも手に取って、さすがにもういいだろうとレジで会計をすませた。

 やる気のなさそうな店員は年齢確認することもなく、達季はちょっとだけほっとしてレジ袋を手に外に出た。さっきの二人ももういない。

 このコンビニから住んでいるマンションまでは徒歩三分ほどだ。もう変なのにでくわしませんように、と祈りながら歩きはじめて、達季はぎょっとして足をとめた。

 いない、と思っていたのに、さっきの二人連れの片方が、店の脇の暗がりに立ち尽くしていた。背の高い黒髪のほうだ。気配に気づいたのか達季のほうを向いた彼の顔は赤く、目はもっと真っ赤で――泣いていた。

 太めの眉をぎゅっと寄せ、涙をぼろぼろ零している男を、達季は呆然として見つめてしまった。大人の男がこんなふうに泣くのを、しかも公の場で泣くのなんか初めて見た。

 ずずっ、と男が鼻をすすり上げて、達季は慌てて顔をそむけた。しまった。つい見てしまった。絡まれたらどうしよう。

 気まずくレジ袋を握りしめて、何事もなかったふりでぎこちなく歩きはじめると、背中で「すみません」と低い声がした。

(ぎゃー! ぎゃー! ぎゃー!)

 内心叫びながら、達季は無言で足を速めた。走って相手を刺激してしまうと追いかけられるかもしれない、と競歩みたいな歩き方で、ひたすら前だけ見て歩く。すみませんってなんだよと思う。謝ったのか、それとも呼びとめたのか。どっちにしても嫌だ。理解できない。怖い。

 怖すぎて、なんとなく男が後ろからついてきている気がしたが、振り返ることはできなかった。本当に追いかけてきているのを見てしまったら今度こそ叫ぶ自信があったから、最後の角を曲がってからは完全に走った。焦りすぎてマンションの入り口では見事にこけて、痛む膝をさすりながらなかなか来ないエレベーターのボタンを連打するあいだも気が気ではなかった。やっと来たエレベーターに乗り、四階の自室に駆け込んで鍵をかけてしまうと、達季はへたりと玄関に座り込んだ。

「つ、疲れた……」

 生きていくのってなんて大変なんだろう。

 ていうかそもそも、なんで人間に生まれてきちゃったんだろう。

 はあ、と深いため息がもれて、達季はずれた眼鏡を押し上げた。

 達季の母は達季が幼い頃に父と離婚して以来驚異的な精力でばりばり働くバイタリティに溢れる人で、まったく達季と似ていない。その彼女の口癖が「しゃんとしなさい、人間でしょ」だ。いつも、苦手なことにでくわすと、彼女のあの口調と呆れた顔を思い出して、達季はため息をついてしまう。

 

 

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