官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第58回】夏乃穂足『【お試し読み】鬼の涙が花だとしたら』

公開日:2014/9/30

 川縁(かわべり)の道を、いつも二人で待ち合わせをする桜まであと少しのところまで来た時、鳥達が羽音をたてて一斉に飛び立った。上空を旋回する鳥の群れがやけに黒々と見えることに、理由のわからない不安をかきたてられる。

 次に聞こえて来たのは、今まで一度も聞いたことのない異様な音だった。

 うおおおおお……ん。

 沢が、いや山全体が咆哮している。

 ここのところ、山でトンネル工事をしているから、時々窓が震えるほどの爆音が聞こえてくることはある。だが、この音はそれとは全然違う。まるで、巨大な生き物が吼えているかのような……。

(何か、嫌な感じ)

 本能的な恐怖を感じ、いったん家に帰ろうかと逡巡した、その時。

 唐突にがくっと体が沈む感じがして、確かだと思っていた靴の下の地面が消えた。足元の土手が崩れたのだと知る間もなく、千鳥の体は下へ――泡立つ急流へと叩き込まれた。

 速い流れに頭を押される。沈むたびに水を飲む。

 怖い。苦しい。

 流されていく千鳥の目に、こちらに向かって飛び込もうとしている父親の必死の形相が映った。きっと千鳥を追って、助けに来てくれたのだ。

(父さん、助けて)

 叫ぼうとして開けた口にどっと水が流れ込み、塊となった重い水に絡めとられ、視界が水の暗い灰緑色に閉ざされた。

 

 

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