「ICレコーダーで会話を録音しろ」あやしい客のもとに派遣されることになり…/ 松岡圭祐『高校事変 II』③

文芸・カルチャー

2019/9/9

超ベストセラー作家が放つバイオレンス文学シリーズ第2弾! 新たな場所で高校生活を送るダークヒロイン・優莉結衣が日本社会の「闇」と再び対峙する…!

『高校事変 II』(松岡圭祐/KADOKAWA)

3

 奈々未は食事をとらず、理恵にも黙って施設を抜けだした。着替えとメイク用品は手提げ袋に詰めこんである。施設の部屋は妹と共用だった。そこで準備できるはずもない。

 コンビニのトイレに籠もり、化粧をすませる。奈々未の通う高校の制服はブレザーだったが、店から支給されたセーラー服を着用した。いまどきありえないぐらいスカート丈が短くても、ダウンを羽織れば覆い隠せる。

 外にでた。奈々未は絶えずこみあげてくる嘔吐感に抗いながら、コンビニの前にたたずんだ。ほどなく黒いSUV車が滑りこんできた。後部ドアを開け、奈々未は車内に乗りこんだ。

 運転席のサトシが背を向けたままクルマを発進させた。助手席におさまっているのは城山だった。城山が振りかえり、醒めた目つきで奈々未を一瞥する。また前方に向き直った。

「ナナミ」城山がいった。「体調不良は嘘じゃなかったみたいだな。ファンデ、もっと塗りこんどけよ。血色の悪さが浮かびあがってる」

 奈々未はコンパクトをとりだした。手鏡を眺める。目の疲れも、アイラインでごまかしきれるものではなかった。

 サトシがステアリングを操りながらきいた。「なんで体調が悪い? まさか性病かよ」

「ちがいます」奈々未は否定した。

「じゃあなんだ? 妊娠したとか?」

「いえ……」

 城山がじれったそうに遮った。「無駄口をたたくな。ナナミ、きょうの客はタカダってやつだ。さっき鶯谷のラブホにチェックインしたって連絡が入った。デイテラの405号室。近くまで送る」

 この時間に送迎があるとはめずらしい。奈々未はメイクを進めながらつぶやいた。「ありがとうございます」

「これ持ってけ」城山がまた振り向き、ペン型の機器を投げてよこした。

「なんですか?」奈々未はきいた。

「ICレコーダーだ。ラブホに入る前に、赤いボタンを押せ。会話を録音できる」

 胸のうちに当惑がひろがった。奈々未はつぶやいた。「録音って……」

「きょうの客は、おまえに店外デートを持ちかけてくる。店に金をいれないぶん儲かるとか、そんな話をしてくるだろう。それとなく詳細をききだせ。向こうが本気だって証拠がほしい。あとな、たぶんおまえのスマホをよこせといってくるから、黙って渡せ」

「スマホをですか」

「すぐかえしてくるはずだ。位置情報機能をたしかめるだけだからな。次に会うときには、それをオフにするよう頼んでくる。あますところなく録音しとけ」

 サトシが唸った。「城山さん。スマホとは別に、GPS発信器を女らに持たせちゃどうですか。バッテリーもスマホより長持ちするし、小型ですよ。安く売ってます」

「馬鹿野郎。GPS発信器ってのはカバンに入れてちゃ、ろくに電波が飛ばねえんだよ。車体にマグネットで貼りつけるやつは別だけどな。スマホなら確実だろうが」

 奈々未の脈拍は激しく波打ちだした。「ずっと録音しっぱなしですか」

 城山が背を向けたまま応じた。「心配すんな、やってる声を録音しようってんじゃねえ。客とふたりでシャワーを浴びるよな? 髪を束ねるためにヘアゴムをとってくるといって、いったんひとりで浴室をでろ。こっそりドアの鍵を開けな。廊下に待機してる俺たちが踏みこむ」

「それは、あのう……」

 サトシが笑い声を発した。「そう不安がるなよ。すっぽんぽんのままでなくても、バスタオルぐらい身体に巻きゃいいんだぜ? ナナミの裸なら面接のとき、飽きるほど見てるんだし、いまさら興味ねえよ」

「でも」ナナミはきいた。「店長さんたち、ラブホに入れるんですか」

「トラブルだって受付に話せば通してもらえるんだよ。この業界、持ちつ持たれつだからな。あ、でも、城山さん」

「なんだ」

「きょうにかぎって、タカダが違反しなかったらどうするんですか」

「そんな心配いるかよ」城山が吐き捨てた。「奴はまちがいなく店外デートに誘ってくる。ナナミ、忘れるなよ。シャワーの途中で抜けだして、俺たちを招きいれるんだぞ。タカダを裸にしちまえば、もう逃げられる心配もねえ。部屋に入ってから十分以内にやれ」

 そのあとはどうなるのだろう。緊張に身を硬くしていると、また胸のむかつきがおさまらなくなった。呼吸が苦しい。嘔吐を堪えようとして、奈々未は咳きこんだ。

 城山が振りかえり、大仰に顔をしかめた。「客の前で咳なんかするなよ。チェンジを食らっちまう」

 サトシが運転しながら軽口をたたいた。「だいじょうぶですよ。客がナナミをチェンジしたがるのは、いつもベッドに入ってしばらく経って、マグロと見なされてからです」

 咳をとめようとするうち、涙が滲んできた。いつの間にか、予想もしなかった責任を負わされている。揉めごとの渦中に、どんな顔をして居合わせればいいのか。それ以上に心配なことがある。無事に帰れるだろうか。

第4回に続く