「あの時、産んどけばよかった」自然妊娠の可能性が低いと言われて/『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』②

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公開日:2020/1/28

女の生き方に正解なし! 恋愛、結婚、キャリア、子作り、不倫…。どっちの道を進んでも、どっちも案外つらいもの。A子とB美、どっちが幸せ? 生き抜くためのヒントが見つかる、女たちのリアルな本音対決!

『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』(鈴木涼美/マガジンハウス)

 最近熱心に婦人科に通っている彼女もそんな悩める35歳なのだが、実は昨年結婚したので、やや周回遅れではあるものの人生自体は順調に結果を出している。相手は千葉県内の自動車整備工場2代目社長で、経済的には文句なく、友人の紹介で知り合って半年で入籍した。彼女自身も都内の医療系企業でマーケティングの仕事を続けており、主任となった今は自由に使える部下もいてかなり充実した仕事ライフを送っている。

「結婚はして本当に良かったと思ってる。彼いい人で、純日本人だけどちょっとハーフっぽいイケメンで、友達に紹介してもかっこいいって言ってもらえるレベルだし、お父さん生きてるけど、もう社長だから忙しいとはいえ時間もわりと自由に使えるし、私の方がむしろ遅くなったり土日出たりしても全然にこやかに合わせてくれる。旅行好きとか、休みあれば家でゴロゴロよりもどっか出かけようみたいなところも似てて、お互いストレスはあんまりない」

 正直、30過ぎて、全く新しく最近出会った人と順調にゴールイン、なんていう話はわりと少ないし、彼女の結婚エピソードは30代女を勇気づけるとともに、嫉妬に近い羨望の対象にもなっている。彼の年収は4桁、自分の年収もかなり良い3桁、若干都心から遠いものの彼の実家にほど近い、彼の父親所有のマンションに入居したため家賃はゼロ。旅行や買い物の資金には事欠かない。彼女自身もその幸運は素直に受け止めてはいる。

 ただ、最近食事などで一緒になると、結婚直後の安堵と一点の曇りも文句もない幸福感とはまたちょっと違った、若干擦れたような気難しい雰囲気を漂わせるのだ。お酒でも入ろうものなら話は止まらない。

「結婚前検診ってあるけど、特に持病の心配もなかったし一応35歳前だったし、性病とか肝炎の検査はしたけど不妊の検査とかそんな詳しいことはしなかったのね。で、出会ってすぐ結婚したからそんなに急いで子供、とはなってなかったけど、でもお互い私の年齢も意識して、できることには積極的で自然な感じでトライしてたんだけど、全然普通に毎月かっきり生理くるし、ガンガン中出ししても妊娠しないし、不妊治療始めるってほどじゃないけど検査はしてみようってなってお互い検査はしたのね。そしたら彼は問題なくて、私も別に病気とか不妊ではなかったけど、子宮内膜が加齢もあって薄くなってる、とかまあいろいろあって、自然妊娠はとりあえず可能性かなり低いって。35歳で何もなしに純粋な自然妊娠とかマジで少ないらしいよ、みんなも早く検査しなよ」

 現在は、サプリメントを含む緩やかな投薬治療と検査のために婦人科に通い、仕事は続けながら、回復を待っている。順調に回復すれば自然妊娠の可能性も出てくるらしいが、あまり芳しくないと、本格的な不妊治療も視野に入れることになる。

「不妊治療のことも旦那と説明受けたり独自に調べたりしたけど、経験者に聞いてもとにかくお金高いよね。しかもすんなり妊娠できる人と、なかなかできない人といて、5年トライして諦めた人とかもいる。しかも、産休育休はうちの会社は外資だし結構手厚いけど、さすがに不妊治療休暇はないじゃんね。そしたら、休日とか今まで旅行行ってたような時間とか病院通わなきゃいけないのか、と思うと気が重すぎる」

 収入は安定しているとはいえ、将来に備えつつ生活水準を保つとなれば、かなりまとまった金額のいる不妊治療はハードルが高い。そもそも、独身期間が長く、アラサーキャリア女子として贅沢(ぜいたく)に慣れた彼女は、収入のわりには貯金が少なく、2代目社長でやはり独身期間がそれなりに長かった彼も似たようなものだ。

 実は彼女、大学時代に一度だけ中絶経験がある。遊び人だった上に気が多く、元カレとその当時の彼氏の両方と肉体関係があった時期だったため、結局どっちの子供だったのか、いまいち自信が持てないまま、就活が始まる時期だったこともあって迷いなく堕ろした。その時はそれほど気に病んだり落ち込んだりしていた印象はないが、最近はため息混じりにその頃を思い出している。

「あれ、産んどけばよかったと本気で思う。別にあの時の彼氏どっちとも結婚しなくても、実家も都内だし、親に助けてもらいつつ、就活遅らせて、産んじゃえば何とかなったんだと思う。そうするともう小学校卒業するくらいの子供がいることになるけど」

 妊娠の希望を捨てたわけではないが、クリニック通いや慣れない基礎体温手帳の記入などが面倒くさくなってきた彼女は、最近随分さとりのような、絶望のような、不思議な物言いをする。

「人間、若い時はいろいろ自由だし、体力もあるし、選択肢があり過ぎてなかなか決められないけど、人生でこれだけはやりたいってことは若い時に済ませちゃうべきだよ。若い時結婚してたら、何も意識せずに妊娠して、今頃だいぶ子育ても楽になってたんだろうね。私の20代何してたって、大学時代はサークルでしょ、会社入って企画会議で怒られて混んでて値段も高い時期に無理してハワイとか行って金曜はクラブで踊りまくって、終わったって感じ」

<第3回に続く>