まつもとあつしの電子書籍最前線Part1(前編)ダイヤモンド社の電子書籍作り

更新日:2018/5/15

短期間で独自リーダーを実現できたわけ
 
――しかし、そういったこだわりを実現するには工数(時間やコスト)が掛かってしまいますね?
 
加藤:DReaderを採用した電子書籍を初めてリリースしたのが4月28日だったのですが、実は開発を始めたのは4月頭だったんです(笑)
 
――え!?あり得ないくらい短期間ですね。
 
加藤:Appleの審査の期間も考えると実質20日ほどしかありませんでした。言葉通り寝ずの作業でしたね。
電子書籍のビューワーを探していたころ、青空文庫(※)リーダーとして提供されていたSkybookに巡り会ったんです。「これはかなり理想に近い」と。もともとTwitterでも交流のあった開発者の高山恭介さんに連絡を取り、一緒にいまお話ししたような「こだわり」を実装していったのが、この20日間でした。
※日本国内で著作権が消滅した文学作品、あるいは著作権は消滅していないものの著作権者が当該サイトにおける送信可能化を許諾した文学作品を収集・公開しているインターネット上の電子図書館
 
――青空文庫は基本的に著作権が切れた作品が中心ですが、ダイヤモンド社で展開する作品を扱うには、著作権保護の仕組み(DRM=Digital Rights Management)も必要です。
 
加藤:そのための暗号化もこの20日間での作業でしたね。AESの128ビットで暗号化してます。
 
他社からの引き合い・提供も
 
加藤:スタート時の3冊、もしドラがAppStoreのトップセールス(売り上げランキング)で1位となり、『適当日記』は総合・トップセールスの両方で1位、『ピクト図解』(ビジネスモデルを見える化するピクト図解)は無料で1位になっています。3作品とも1位となったことで、他社さんからも問い合わせがたくさん寄せられたんでね。「いったいどうやっているんだ」と(笑)。
 
あまりにも問い合わせが多いので、これは1つ1つ対応しきれないな、と(笑)。と、同時に、これは他社さんにもご提供することで双方にメリットがあるんじゃないかと考えたんですね。そこでDReaderの発表会を6月に開催し一度に概要を説明することにしました。
 

 
DReaderの提供は他社にも拡がっている。
 
いまのところ約20社に採用いただいていますが、その中でもサンマーク出版、アクセルマーク社、山と渓谷社はブックカテゴリで1位をとっており、好評を頂いています。

 
とにかく売るためにできることは全てやる
 
――DReaderというビューワーへのこだわりが、結果として電子書籍購入後の評価にもつながっているというのは良く分かりました。では、購入に至るまでのプロセスはどう作り上げていったのでしょうか?
 
加藤:まず「どの本を電子書籍として販売するのか」というところから検討をはじめました。昨年の3月ごろのことです。試験的な取り組みではなく、はじめから読者が読みたい作品を適正な品質と価格で届けたいと考えました。
 
そこで当時紙の本が30万部まで売れていた『もしドラ』を選び、著者の岩崎夏海氏にも快諾を頂き、他の2作品含めダイヤモンド社がはじめて世に問う電子書籍3作品が決まりました。そしてそこからビューワーを探すも、イメージ通りのものが見つからず、高山さんと一緒に作り上げた、というのは先ほどお話しした通りです。
 
怒濤の20日間が終わり、Appleにアプリの申請を出し終わり、ほっとしたのもつかの間「さて――そういえば電子書籍ってどう売れば良いんだろう?」と(笑)
 
――そこからですか(笑)
 
加藤:本当にバタバタで………。紙の本と売り方がこれは全然違うことになるぞ、となった訳です。一生懸命営業して、書店に平積みにしてもらって、新聞広告を打って、というやり方とは別の方法論を取らなければならない。インターネットで露出を増やすしかないけれど、どうしよう――できることを全部やろう!となったわけです。
 
基本的なところではニュースリリース。あらゆるポータルサイトやアプリ紹介サイトにリリースを送りました。リリースも1パターンの内容を同時に送りつけるのではなく、各サイトがそのまま紹介できそうな文章をいくつも用意して、受け手が載せたくなるような工夫をしました。こういったリリースの反応は、特にアプリ紹介のBLOGなど、いわゆるアルファブロガー、いまでいうところのファシリテーター、キュレーターの存在感は大きいことをあらためて感じましたね。
 
Twitterについては、「ソーシャルメディア経験値を蓄積しよう」ということで、それ以前からダイヤモンド社全体でも活用が進んでいましたが、『もしドラ』はじめ各作品でも積極的に使っていこうと。ちなみに『もしドラ』って略称はわたしがTwitterではじめてつけたんですよ。
 

 
ダイヤモンド社の様々なアカウントから情報発信をしたり、相互にやり取りをするのはもちろんなのですが、たとえば「ドラッカー」で検索して、感想や要望にはできるだけリプライを返すようにしていきました。このTweetもその1つですね。何ヶ月もこれを続けると、だんだんとTwitter上に拡がっていく。ユーザー同士でも「もしドラって何?」「本の名前の略称だよ」といったやりとりが確認できて手応えを感じましたね。
公式Webサイトも自分たちで手作りしました。今のこちらのサイトはもう違うのですが、最初のサイトのコードはほとんど私が書いてますし、デザインも同僚がやっています(笑)
 
――外注に出すことも多いと聞きますが、まったくの内製というのは珍しいです。
 
加藤:DReaderの使い方やその軽快さ・便利さも、文字で説明すると伝わりにくいだろうな、と考え、社内――まさにこの会議室でiPhoneの操作を別のiPhoneのカメラで撮影し、わたしのMacで編集、YouTubeにアップロードして、公式ページに載せるということまでやってます。
 

 
DReaderの全容が分かる『手作りビデオ』。終わりにはスタッフロールも流れる。
 
――紙の本の場合は、書籍のデータや宣材を納入すれば一応一段落でしたが、電子書籍は出来上がってからもコンテンツを作り続けるという感じですね。
 
加藤:小さいプロモーションを絶え間なく、たくさん行い続けるというイメージですね。顧客がすごく細かくセグメントされているのが現状だと思いますので、ある施策を打っても、いわゆるクラスタごとに響き方・反応が全然違う。
 
これはAMN(アジャイルメディアネットワーク)の徳力基彦さんが仰っていたんですが「Webプロモーションは火に薪をくべるように行っていくのがいい」というイメージがしっくりきます。一度に薪(プロモーション施策)を投入しても、あっという間に燃え尽きてしまうし、間が空きすぎると火そのものが消えてしまう。
 
――Webプロモーションにつきものの、効果測定は行っていますか?
 
加藤:数字は見ていますが、いろんなことをやっていますので、それぞれ因果関係は把握しづらいのが本当のところです。しかし、Twitterの公式サイトにバナーを貼ったこともありますので、そういった場合はまた別ですが基本的に、外注したり広告媒体を買ったりと行ったおカネを多くの施策ではかけていませんので、そこまで細かくはみていないですね。電子書籍だとリアルタイムに実売数が分かるので、そこで確認をするようにしています。

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