小泉今日子が導かれ、たどり着いた場所――『ピエタ』が持つ物語の引力 小泉今日子インタビュー

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公開日:2023/7/7

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年8月号からの転載になります。

小泉今日子さん

 近年、演劇プロデューサーとしてもその手腕を発揮している小泉今日子さん。最新作『ピエタ』では久々に自身もキャストとして出演。長きにわたって構想していたという本作への想い、そして舞台にかける情熱をうかがった。

取材・文=倉田モトキ 写真=MARCO

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 小泉さんが小説『ピエタ』と出合ったのは刊行されてすぐの2011年。当時、読売新聞の読書委員として書評を寄稿しており、その時の担当者からの強い推薦だった。

「面白くて、読む手が止まりませんでした。18世紀のヴェネツィアが舞台の物語というのもありますが、海外文学のような肌触りを感じて。時代や文化などすべてを超えて胸に響いてくるものがありました」

『四季』で知られる作曲家・ヴィヴァルディ。彼が孤児のための施設「ピエタ慈善院」で音楽を指導していたという史実を基に、彼亡きあとに絡み合う、幾人もの女性たちの数奇な運命を描いた本作。

「出自も生活環境も異なる人たちが出会い、やがて支え合いながら、最後にはささやかな光にたどり着く。そこに美しさを感じました。同時に、こうした小説をもっと多くの方に知ってもらうためには、舞台化するのもひとつの手段だなと思ったんです」

 当初は信頼できる演劇プロデューサーを見つけ、舞台化を提案することを考えていたそうだ。が、15年に自身が「株式会社明後日」を設立。舞台制作ができる環境が整ったことで、自らプロデュースすることを決意した。

「でも、そこからが大変でした。やっと動き始めたと思ったら、想定外の出来事で頓挫してしまったり。ただ、そういう時は“まだパーツがすべて揃っていないんだな”と考えるようにしているんです。例えば里見八犬伝や真田十勇士のように、自分や作品にとって絶対に必要な仲間がどこかにいて、まだ出会っていないということなんだろうなって。ヴィヴァルディの作品の中に『調和の霊感』という協奏曲集があり、この物語にもキーワードとして登場しますが、物事を上手く進めるためにはまさしく“調和”が必要。それを思うと、今回、脚本のペヤンヌマキさんや音楽監督の向島ゆり子さんをはじめ、すべてのキャスト、スタッフと出会えたことは全部、ヴィヴァルディに導かれていたのかなって思ってしまうぐらい運命的で(笑)。2020年にコロナ禍で公演が一度中止になり、それでも今こうして上演できることも、様々な“調和”のもと、この作品が2023年という時期を選んだのかもしれないなって思います」

自分の役割を全うする女性たちの強さと誇り

小泉今日子さん

 小泉さんが舞台化するにあたって大切にしているのは2点。1つは女性たちが持つ“誇り”だ。

「自分を育ててくれた孤児院のために、大人になってから職員として周囲に役立とうと尽力するエミーリア。地位のある高級娼婦として半生を過ごし、病に侵されたクラウディア。そんな彼女と身分の差を超えて、最後まで親友であり続けた貴族のヴェロニカ。それぞれが自分の立場や与えられた役割に対して誇りを持っているんです。人というのは思わぬ出来事と遭遇した時にどのような考えを持ち、行動するかで人間性が見えてきますが、彼女たちはただ真っ直ぐ、自分に素直に生きている。その姿は多くの方に共感を持っていただけると思います」

 そしてもう1つのテーマとして掲げているのが、腐敗したヴェネツィアの様子を描いていくことだ。

「貴族が政治をしなくなったことで、かつて栄華を極めた街がどんどんと廃れていく。そうした国としての停滞が市井の人々にどのような影響を及ぼすかは、現代にも通ずるところですよね。また、そこには先ほどもお話ししたように、この作品が2023年という“今”を選んだ理由がきっとあると思いますので、ペヤンヌさんと一緒にしっかりと考えていきたいですね」

舞台でしか作れないものや演劇でしか味わえない体験

 女性のみで構成されたキャストにも豪華なメンバーが顔を揃えた。

「峯村リエさんや広岡由里子さん、それに伊勢志摩さんなど演劇ファンにはたまらない方々に集まっていただきました。クラウディア役のリエさんには、以前、この作品の朗読劇にも参加していただいたのですが、セリフの響きに圧倒されました。声が一度下に落ち、そのまま地べたを這って客席に届くような感覚に襲われて。皆さんにも、ぜひ生で味わっていただきたいです。また、この素晴らしいメンバーに囲まれてヴェロニカを演じてくださるのが石田ひかりさん。普段の石田さんは物腰も、話す声も柔らかく、まさに貴族のようで(笑)。おっとりとした言動はいい意味で浮世離れしているようですし、その一方で周囲を幸せにする気遣いもできる。そんな彼女が、大切な友人のためなら人格が変わったようにすべてなげうって尽力するヴェロニカを演じたらどうなるのか、私もすごく楽しみです」

 また、「舞台でしかやれないことにもどんどん挑戦していきたい」と小泉さん。向島さんによるステージでの生演奏やソプラノ歌手・橋本朗子さんの出演も、そのひとつ。

「ヴェネツィアが舞台の物語を日本人が演じるというのもそうですよね。映像では“ちょっと無理があるかな”と感じる役柄も実現可能で。演劇であれば外国人どころではなく、子どもにも、神様にも、もっといえば生き物ではない概念的なものにもなれる。場面描写にしても、お客さんが“なるほど、こういう設定なんだな”と頭の中で補完してくださるから自由度が高いんです。そうした演劇の可能性はプロデュースする側になって、より強く思うようになりました」

 以来、小説の読み方にも変化が生まれたそうだ。

「小説に対抗するわけではないんですが、“あ、このシーンは舞台だとこういう見せ方ができるかも”って思ったり(笑)。ただ、この『ピエタ』がそうだったように、演劇は形にできるまでにいろんなハードルがあるんです。もちろん、資金の問題もありますし。だからこそ、もっといろんな人が気軽に舞台に挑戦できる土壌を作りたいと思っていて。それが今の私の夢のひとつでもありますね」

ヘア&メイク:石田あゆみ スタイリング:藤谷のりこ 衣装協力:Tシャツ3万5200円、パンツ8万2500円(ともにY’s/ワイズ プレスルームTEL03-5463-1540)、右耳のフープピアス1万8700円、両耳のジルコニアピアス各1万6500円、右手・2連リング3万1900円、左手・3連リング3万5200円(すべてe.m./イー・エム アオヤマTEL03-6712-6797)*全て税込

小泉今日子さん

asatte produce 「ピエタ」
原作:大島真寿美『ピエタ』(ポプラ社) 
脚本・演出:ペヤンヌマキ 音楽監督:向島ゆり子 
プロデューサー:小泉今日子 
出演:小泉今日子、石田ひかり、峯村リエ、広岡由里子、伊勢志摩、橋本朗子、高野ゆらこ、向島ゆり子ほか
●2023年7月27日(木)より東京・愛知・富山・岐阜にて上演
18世紀のヴェネツィアを舞台に、作曲家・ヴィヴァルディと生前に交流のあった人々の奇妙な運命を描いた感動作。主人公のエミーリア役に小泉今日子。身分も立場も異なる女性たちの友情、そして彼女たちが求め、得ようとするそれぞれの幸せの形を、時に優しく、時に力強く描いていく。

小泉今日子
こいずみ・きょうこ●1966年、神奈川県生まれ。代表作に連続テレビ小説『あまちゃん』、映画『空中庭園』『グーグーだって猫である』など。2015年に制作事務所「株式会社明後日」を設立し、舞台のプロデュースなども手掛けている。最新の著書に『ホントのコイズミさん WANDERING』(303BOOKS)が7月7日(金)に発売。

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