戦国の“島耕作”それとも日本版“キングダム”? 家康の天下獲りと並走しながら描かれる痛快!足軽出世物語

文芸・カルチャー

公開日:2023/3/31

百人組頭仁義
百人組頭仁義』(井原忠政/双葉社)

「ああッ、ここ、鉄笠が凹んどるがね」「これで厄落としだら、今日はきっとええことがあるがや」。歴史小説は大の苦手という人でもすらすらと読めるのは、物語にぽんぽん飛び出す、この三河弁にあると見た。綺羅星の如き徳川四天王にしても、「左衛門尉様、なにしとるんら」「おまんは、野場城に籠っとったんだら?」といった具合で、ついほのぼのとさせられる。

「この時代小説がすごい!2022年版」文庫書き下ろしランキング第1位に輝いた「三河雑兵」シリーズは、戦国時代の知識がなくともとにかく読みやすい。映画『鴨川ホルモー』や『THE LAST-NARUTO THE MOVIE』の脚本を手掛けてきた著者・井原忠政が繰り出す、軽快なセリフ回しやスピーディーな展開、そして数多く登場するのに、一遍で脳内に刻みつけられてしまうキャラクターたちの個性がぐいぐいストーリーを引っ張っていく。

 現在11巻まで刊行されているこのシリーズは累計80万部を突破! その数は天下分け目の戦い、関ヶ原に参陣した兵士数を大きく上回る。そして、そんな多くの読者が時に笑い、時に涙して見守っているのが、百姓から新米足軽、旗指足軽、足軽小頭、弓組寄騎、足軽大将、馬廻……と、出世の階段を一歩ずつ上っていく我らが主人公・植田茂兵衛だ。

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 彼の主は、今年の大河ドラマでも取り上げられている徳川家康。「三河雑兵心得」は、三河の一国守に過ぎなかった家康が天下を獲るまでの物語。山あり谷ありの歩みを、英雄でも武将でもない、“雑兵”の視点から描いていることが、「これまでにない感覚!」と読者を沸かせている。ろくな甲冑も付けず、最前線で突撃させられる雑兵たちは、映画やドラマでは完全なモブキャラ。そんな彼らにも、伸しあがっていくための計算や戦場で生き抜く知恵があったということが、茂兵衛や彼の仲間たちの奮闘ぶりから活き活きと伝わってくる。たとえば、これまで武具の使い方など知らなかった彼らが、兜武者相手にどんな形で“勝ち”を収めるのか? といった目からウロコの戦国サバイバル術が繰り出される。

 物語は、桶狭間の戦いから3年を経た三河国渥美植田村から始まる。17歳の茂兵衛は父を亡くして以来、母と妹3人、弟1人の家族5人をたった独りで支えてきたためか、狷介な性格で、村人からは乱暴者扱いされている。頼りない弟・丑松をいじめた不良たちに仕返ししたところ、はずみで人を殺めてしまい、村を追われて、松平(後の徳川)家康の家来・夏目次郎左衛門に奉公することになる。折悪しく、三河では一向一揆が勃発。熱心な一向宗門徒である次郎左衛門は一揆側につくことになり、茂兵衛の武士人生はいきなり“謀反人”からスタートしてしまう。第1巻『足軽仁義』は、大河ドラマ『どうする家康』第8回「三河一揆でどうする!」(2月26日放送)と舞台を同じくする。ドラマを楽しんでいる人は、このシリーズに親しむことで、戦国大名・家康&足軽・茂兵衛、二つの視点を得ることができる。

「茂兵衛よ、機会があれば主人を替えよ。折角、命を捧げるなら、もそっと出世しそうな殿様に仕えろ」。夏目家で世話になった足軽小頭からそう諭され、第1巻の終わりで夏目家から松平家への“転職”を決意する茂兵衛。戦国足軽の出世物語は、“家”を現代の“会社”に置き換えてのお仕事小説としても楽しむことができる。

 上からこき使われる新米足軽=新入社員の悲哀、ちょっとずつ役が上がっていくなかで出てくる新たな悩み、計算高い同僚や頼りない後輩(弟の丑松だ!)らと上手にやっていくための苦労……。姉川の合戦が描かれる第2巻『旗指足軽仁義』では、大河ドラマで山田裕貴が演じる若き豪傑・本多平八郎の“旗持ち”となるが、猪突猛進、豪放磊落な気質ゆえ、騒動ばかり引き起こす“上司”平八郎をおだて、宥めることも茂兵衛の役目になってくる。さらに家康人生最大のピンチ、三方ヶ原の戦いが描かれる第3巻『足軽小頭仁義』では、平八郎から松平一門の御曹司、“新人”松平善四郎の世話をまるっと押しつけられる。読み進めるうち、他人事とは思えなくなる茂兵衛の戦国サラリーマン人生、そこでつぶやかれる彼の心の声は、会社勤めの鬱憤を大いに晴らしてくれる。そしてどんな理不尽な目に遭っても腐らず、頭と心を遣い、実直に対処していく茂兵衛の姿に「ちょっと見習ってみようかな」と、素直に気持ちが動いてしまう。

 そんな茂兵衛だからこそ、納得できる痛快な出世。ときおりお目通りするだけだった徳川家の“社長”・家康も巻が進むにつれ、だんだんと身近になってくる。初めて家康を見たときに茂兵衛が抱いた「痩せて神経質そうな男」という印象も、甲州征伐の描かれる第6巻『鉄砲大将仁義』では、「真面目で辛抱強いだけの田舎大名が、欲と二人連れで『腹黒い狸親父』へと変貌を遂げたのかも知れない」と変化していく。これ以外でも、下の立場から家康についてあれこれ突っ込む茂兵衛のぼやきには思わず笑ってしまう。

 本能寺の変、小牧長久手の戦いを経て、第10巻で描かれる第一次上田合戦では、ついに家康の馬廻にまでなる茂兵衛。そして待望の最新11巻『百人組頭仁義』では、元“上司”・本多平八郎への難易度の高い“説得”を申しつけられ、悩みに悩む茂兵衛の姿がユーモラスに描かれる。

 一巻読んだら、また一巻……と、読む手が止まらぬ本シリーズを、この春、社会人になる人、新たに後輩を迎える人、部署異動が決まった人も、我が身に置き換えて堪能してほしい。「ま、ええじゃねェか。やるだけやってみりん」という茂兵衛の三河弁は、生き馬の目を抜く令和の世を行く我々をふっと楽にしてくれるはずだ。

(文=河村道子)

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