『キマイラ』映像化発表! 30年以上書き続けてきた、夢枕獏氏に思いを聞いた。

アニメ・マンガ

2018/6/22

 あの『キマイラ』が映像化される――そのニュースはファンだけでなく、業界をも驚かせた。その発表がメディアではなく、最新刊の帯やあとがきに記されたものだったからだ。

『キマイラ 13 堕天使変』(夢枕獏/朝日新聞出版)

 1982年『幻獣少年キマイラ』の刊行から36年。KADOKAWAから刊行される文庫シリーズは19巻を数える。異形を身に宿す二人の少年と、神話的な謎を巡る闘いが幻想的かつ繊細に描かれ、ファンを惹き付けて止まない。

 映像化、そして巻を重ね、物語を紡ぎ続けることへの思いを、夢枕獏氏に聞いた。

『キマイラ』映像化! 押井守氏とキャラクターへの思い

――キマイラの映像化はその発表の形も含めて、多くの人が驚きました。

 キマイラは僕が手がける作品の中では、もっとも長く続いている物語です。まだ続いている『餓狼伝』よりも前から書いていますからね。しかし、そろそろ結末が僕のなかで見えてきました。

 実はキマイラには数種類の結末を想定していたのですが、そのうちの幾つかは使えなくなってしまいました。1つはヒマラヤのような場所に向かうイメージで進めていたんですが、書きはじめた時には中国が今のような姿になっているとは想像もつかなかったのです。中国の奥地に「地図上の空白地帯が設定できるだろう」と思っていました。

 ところが、ご存じのように中国は大国となり、開発も進み、そのような場所を設定することが難しくなってきた。「秘境」というのは現代ではリアリティがなくなってしまったんですね(笑)。

 そのため、結末に向けて微妙に軌道修正は続けています。そんな中、どこに着地させればよいのか、というイメージがようやく見えてきたところです。

 初版から30年以上が経ち、当時の読者の方の中には亡くなられた方もおられます。また、途中で読むのを止めてしまった方もおられると思います。そういった方々には、結末が見えてきたいま、もう一度『キマイラ』を――日の当たるところへ、というといま日が当たっていないように聞こえてしまうかも知れませんが(笑)、もう一度、読者の皆さんの前に出したかったのです。そうすることで、新しい読者、潜在的な読者にも発見してもらえるのではないかと。

 かつての読者、新しい読者を『キマイラ』という「世界」に来てもらう。そのために映像化はどうだろうか? と考えていたんです。そこで押井守さんの名前が挙がったんですね。もちろん、押井守さんのことは作品を通じてよく知っていて、何度かお話をしたこともあったのですが、最初は「え!」と驚いたんです。

 これは悪い意味ではなくて、「押井さんにお願いしちゃってもいいの」と考えてしまったんですね。押井さんはこれまで、優れた作品を作ってこられて、海外での認知度も高い。とてもおいそがしい方なので、お願いしてもやっていただけるかどうか。もうひとつには、お願いして、もし押井さんが断りたいときに、押井さんに断る負担をあたえてしまうのではないかと思ったんです。

 一瞬、「自主規制」をしてしまいそうになったんですが(笑)、でも押井さんがやってくれたら、こんなに素晴らしいことはない。最高でしょ。ダメもとで「では、動いてみよう」と押井さんの事務所との調整が始まりました。

 結果的に、押井さんに引き受けていただけるという、とても嬉しいお話になったわけです。

――ファンにとっても本当に嬉しいニュースでした。

 押井さんの作品で、わたしが最初に見たのは『天使のたまご』(1985)です。映像表現に強い衝撃を受けたことをよく覚えています。その後の彼の活躍は皆さんよくご存じの通りで、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)で世界にその名を知られるようになりました。彼は、普通の映像作家やエンターテインメントとしてのアニメ作家とは違う、深い「場所」まで下りて仕事をされる人だと思っています。その作家性は『キマイラ』と合うんじゃないかと思っています。

――『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の冒頭シーン(機械的な人体〈素体〉に皮膚や毛髪が加えられ人間の身体が構成されていく様が描写されている)がそうであるように、押井さんも夢枕さんも、「身体」というものに強い拘りを持って表現を重ねているという共通点もありそうです。

『幻獣少年キマイラ』より。冒頭、主人公の大鳳は夢の中で獣に身体を「喰われる」。その有り様が詳細に描かれることで、読者は否応なく異形を棲まわせる主人公の「身体」を強くイメージすることになる。

 僕が『キマイラ』に取り組みはじめたのは30歳のころです。実はそのころは「自分は人間のことを書けないのではないか」というコンプレックスを抱えていたんです。当時は純文学を書いている人も多く、同人誌仲間からは合評会で「お前が書いているものはなんだ。人間が描けていないじゃないか。お前の原風景はどこにあるんだ?」という批判や指摘を受けることもありました。僕自身は面白いSFを書きたいだけで、原風景なんてないんだけど、そういう姿勢が許される場ではなかった。

 当時の作家が抱えていた「原風景」の多くは焼け跡に象徴されるような「戦争」でした。でも僕はそういうものを持っていない。子どものころ読んだ『西遊記』だったり、遊んだ川だったりして、とても平和な「原風景」しか持っていない。でも――彼らが言う「人間」は書けないけれど「肉体」や「風景」のことなら書ける、という自信はありました。だから、そこには徹底的にこだわって書きました。

 例えば人を殴るのは一瞬の出来事です。でも、相手の肉の中に拳が沈んでゆき、硬い骨に当たって、自分の拳と、相手の身体に衝撃が走る。その時、細胞も潰れる――そんな様子を詳細に描いてやろうと。そして、風景も同じように自分であれば似たテンションで書けるはずだ、と。6月なら野山にどんな花が咲き、空気がどんな香りに染まるのか――僕はそういう体験ならたくさんしていますので。つまるところ、その情景をどう体が受け止め、感じ取ったか、に徹底的にこだわって書く。

 つまり、僕の小説は基本的に「肉体へのこだわり」で構成されているのです。そういう点で、押井さんのこだわりとも通じるものがあるのかも知れない。『キマイラ』のような異形の存在を抱えた登場人物たちが、謎を巡って、様々な能力を使って闘う、といった物語は現在たくさんあります。でも当時は、僕も影響を受けた平井和正さんの「狼男」シリーズなど数えるほどで、珍しい存在だったと思います。もちろん当時は、自分ができることをやっているだけで、そこまで自覚的ではありませんでしたが。結果的に、新しい手法を生み出せたのかも知れません。

――たしかに、現在のラノベ的な世界観(学園を起点に弱い主人公が何らかの特殊能力を得て世界規模の問題と向き合う)の原点の1つとも言えそうです。「新しい読者」にも響くものがあると思います。

 僕のなかでは「菊地良二」の発見が大きかったと思います。

キマイラ特設サイトより。菊地良二は亜室由魅に好意を持っているが、彼女の眼中に自分が入らないことも思い知っている。その暗い情念が物語を思わぬ方向に展開させることに。

 実は菊地の容姿のモデルは高校の時の同級生なんです。性格は全然違っているんですが、菊池を描いていて――『キマイラ』は菊地で持っているところが正直あるなと思っています。僕は彼に一番感情移入しやすいんですよ。彼が(キャラクターとして)立ち上がった瞬間のことはよく覚えていて、街で大鳳に因縁をつけた菊地らを、久鬼が咎め、大鳳に彼らを殴れ、と言う。結局、そこでは阿久津がその役をやることになるのですが、その時、菊地は戸惑う大鳳に対して自ら自分が殴られる様子を「見ろ」と言うのです。

『幻獣少年キマイラ』より

 あの瞬間に、最初は単なる「やられ役」として考えていた菊地が、物語のなかで立ち上がってしまった。そのお陰で、『キマイラ』はここまで続けてこられたんだと思っています。

 なぜキマイラ化するのか? その理由を、歴史を辿りながら探る旅ですから、そもそも長いお話ではあります。でも、本当はもう少し早く終わるはずなのに、菊地のおかげで「ここまで来なければいけない理由」ができちゃった。『キマイラ』に出てくる登場人物達は皆、僕の分身ではあるのですが、自分に一番近いのは菊地ではないかなと思います。多趣味な雲斎は当時自分が「こういう風に年を取りたい」と思っていた理想の姿かな。もう彼を5歳も追い抜いてしまいましたが(笑)。

――これから『キマイラ』に触れる読者には、主人公の大鳳や、ライバルとなる久鬼といったメインキャラクターだけでなく、ぜひ菊地にも注目して読み進めてほしいですね。

自腹全面広告「変態的長編愛」が生まれた背景

(朝日新聞3月25日朝刊)に掲載された全面広告。広告費用は出版社ではなく夢枕氏が負担していることも話題となった。

――『キマイラ』の映像化と告知された全面広告が話題となりました。

 広告の制作にあたっては、朝日新聞メディアビジネス局さんに色んな思いを伝えました。物語はもう長い方が良いんだ、長いお話が小説という表現形式のど真ん中にあるんだ、と。そうしたところ、最初は「夢枕獏の長編愛」というキャッチコピーで案が上がってきたんです。きれいな広告で良いんだけど、なんか違うなと。単に長編は良い、ということではなくて、広告の狙いとしてはちょっときれいに纏まったところから、ちょっと外した方向に持っていくのがいいなと。ましてや、僕本人が出す広告ですから、「僕は長編を愛してます」というのはちょっと違うだろうと(笑)。

 だからきれいなイメージをちょっと壊したいと思ったんです。それで、皆でまたどうしたらいいか議論していたら、この広告の映像を作ってくれていた大ちゃん(映像作家の佐藤大輔氏。総合格闘技イベントPRIDEの選手紹介映像などを手がける)が、「要するに夢枕は変態だ!っていうことを伝える映像を作ればいいんですよね」って言ってくれて、そこから広告にも「変態的」という言葉が加わることになりました。

――ポジティブな意味にも使われることもある「変態」ですが、そこに込められた思いとは?

「ヤバイ」なんかもそうだよね。料理バラエティでも耳にするようになりました。とても拘りのある料理人を褒める意味で「変態」って言ったりする。たぶん、それは単に拘っているというか、骨の髄からそうなってしまっている、遺伝子レベルからそうなんだよ。

 映像の中では、僕が釣りをしながら原稿を書いている様子が映っていますが、フリをしているのではなく『小説現代』に連載している『大江戸化竜改(かりゅうあらため)』の原稿を本当に書いてます。歌舞伎の観劇やプロレス観戦の合間など、僕は紙と鉛筆があればどこでも原稿が書けます。だから編集さんにも原稿の進み具合で嘘をついたりしませんし、彼らも僕が出掛けていても安心して原稿を待ってくれているはずです。

――パソコンだと場所に縛られますが、紙と鉛筆の強みを改めて感じます。

 広告については、正直インパクトを狙った面はあります。普通は自分の本が出たときにその宣伝は出版社にお任せすることになります。僕は「この本はこんな風に世の中に知られてほしい」という思いをずっと持っていて、でも書くことに忙しいこともあり、それを伝える機会というのはなかなか無かった。今回、そこにチャレンジしたわけです。

 正直、広告料の元が取れると思ってはやっていません。でも、先ほどお話しした「いったん読むことを止めてしまった読者」に加えて、新しい読者へのインパクトにはつながっていると思いますね。周囲からも「よくやった」と言ってもらえていますし、昨年は映画『空海』の公開もあり、臨時収入もありました。こういうことはもう残りの人生のなかで、そうそうある機会もありませんし、そのおカネは思い切って使ってしまおうと。何よりもまだ誰もやったことがなくて、僕自身楽しんでやれることだったのです。

――まだ時期は明かされていませんが、『キマイラ』の映像化も楽しみにしています。

 押井さんも「新しいこと」にチャレンジしたいと仰っていて、僕もそれが楽しみなんです。彼がやりたいことを100%やり切れる環境になるように、僕も協力していきたいと考えています。まだ、『キマイラ』を読んだことがない、という人にも、この機会に「まず3巻までは読んでほしい」と言いたいですね。3巻まで読んで面白くなければ止めてもらって構いませんので(笑)。

『キマイラ』は僕の商業デビューまもないころの作品でもあり、僕自身、この物語に引っ張られながら成長してきた。物語が進み、作品のステージが一段上に上がるごとに、僕自身がついていかないといけない。その過程が作品にも色濃く表れていますので、そういった部分も楽しんでもらえればと。

 僕は当時30そこそこでした。いまはもう無くしてしまった当時の気持ちや感覚というものはあります。ただ、齢を重ねたいまだからこそ、この世界から読み解けるものもある。人によってはお叱りを受けるかも知れませんが、結末に向かう『キマイラ』では、誰もが避けられない「作家の老い」とも正面から向き合い、描いていく――そういう覚悟をもって取り組んでいきたいと考えています。

――本日はお忙しい中、ありがとうございました。

取材・文=まつもとあつし 撮影=岡村大輔