とある少女の10代を1年ずつ辿る小説――森絵都『永遠の出口』が教えてくれる人生との向き合い方

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/25

永遠の出口
永遠の出口』(森絵都/集英社)

 森絵都さんの作品の多くには、世界に疎外感を覚える主人公が、この世を受け入れる覚悟を決める瞬間が多くあります。そしてそのパッと視界がひらけるカタルシス、読んでいるこちらにまで伝わってくる爽快感が森絵都作品の醍醐味であると個人的に感じています。

 そして数多くある森絵都作品の中でも、その世界を受け入れる覚悟が特にしっかりと描かれている作品のひとつが『永遠の出口』(森絵都/集英社)です。

 本書は、主人公・紀子の小学4年生・10歳から高校を卒業するまでの9年間を、1章につき1年のかたちでまとめたもの。第一章では10歳の誕生日会にまつわるクラスメイトたちのいざこざが、第二章では5年生の担任・通称黒魔女との戦いが……。というように、どの章でも書かれているのはほんの数日の、誰の人生にも起こりえたような他愛のない出来事ばかり。高校生になって初めてできた彼との、初めての交際だからこそのすれ違いや、反抗期を過ごしているうちにまったく気が付かなかった両親の不仲に、小さな子供のようにうろたえたこと。そんなまだまだ自分の身の回りの人間関係がその世界のすべてである10代だからこその、些細な出来事にも全力でうろたえる日々が描かれます。主人公だけでなく、友人・家族・恋人……周囲の人々の感情の動きにもリアリティがあり、「自分も同じような気持ちになったことがあるな」と感じられるのが本作の魅力です。

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 ちなみにタイトル『永遠の出口』とは、小さい頃、姉と別行動した後に姉から「私はこんな素敵なものを見たけど、紀ちゃんは永遠にそれをもう見られないんだね」といじわるされ、永遠に見る機会を逃したそれら(本当は大したことないもの)を悔しがったというエピソードからくるもの。大人になるにつれ、人は世界というのは自分が思っているよりもずっと大きく、そのすべてを掌握することはできないのだということに気づきます。世界の広さと自分の小ささを知ることで、人はみな大人になっていくとも言えるわけです。

 作中、自分の将来について本気で考えないまま高校3年生になった紀子は、ひょんなきっかけから天文を学びます。そこで紀子が出会ったのは、50億年後に地球は太陽に飲み込まれてしまうという衝撃的な事実。いつかは失われてしまう周りのもの、そして自分自身について考える中で、紀子は社会へ飛び込む一歩を踏みだします。そこから紀子とその友人たちが世界と向き合い、タフに生きる様に冒頭の魅力を感じるのです。そして同時に、私たちにも、こんなに鮮明な瞬間はないとしても、同じように世界を受け入れ、しぶとく生きる覚悟を決めた時間があったのだと、人生を前向きに生きる気持ちを取り戻させてくれるのも本作の魅力です。

 主人公が少し大人になるまでの反抗期や思春期真っ只中、自分の身の回りの世界のことだけに、後から振り返れば少し恥ずかしいほどに悩み苦しんだ日々。そんな10代の感情をここまで克明に描くことができるのは、児童小説の分野でも名をはせる森絵都ならでは。本作を読んで、どんなことにも全身全霊で心を動かしていたあの頃を、ぜひ思い出してみてください。

文=原智香

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