「女流作家」は差別用語ではない!? デビュー後に“黒人との恋愛”をバッシングされた山田詠美の過去、そして現在

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/2

私のことだま漂流記
私のことだま漂流記』(山田詠美/講談社)

「女流作家」と聞いて、あなたは時代遅れの言葉だと思うだろうか。

 直木賞作家で、現在は芥川賞の審査委員を務め、デビューから約38年、年下の女性たちにも大きな影響を与えた山田詠美の自伝『私のことだま漂流記』(山田詠美/講談社)が刊行された。

 そこで山田は、今、「女流」は差別用語のように言われるが、決してそうではないと語る。この事実を、驚きをもって受け止めた人々も多かったのではないだろうか。

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「なぜ山田詠美がそんなことを」と思う前に、彼女が文藝賞を受賞した小説『ベッドタイム・アイズ』でデビュー後、女性の作家である自らをどれだけ否定され、同じ女性からも冷たい眼差しで見られていたのかを知る必要がある。

 私が、山田詠美がデビューした1985年のことを知らないのは大きい。先入観なく、彼女の小説の愛読者になれたのだから。

 中学校で不登校になった私は、よく図書館や本屋に行って、たくさんの小説やエッセイに触れた。その中でも山田詠美の小説を読むと心地よさを感じて、不登校時代のつらさが和らいだ。

 しかし私が山田詠美の小説を読んでいると、いつもは新聞や雑誌を読まず、テレビも見ない母親が驚いて言った。

「その作家さん、昔、スキャンダルになったんよ」
 スキャンダル?

 母に聞いても答えてもらえなかった。

 1年半ほど経ち、再び学校に通い始めた私は、最前列の席で休憩時間に山田詠美の小説を読んでいると国語教師が眉をひそめた。

「中学生には過激じゃない?」
 過激?

 私は山田詠美の著作を言い表すための表現として不適切だと思った。そして彼女の過去に何があったのかを調べた。

 その時点で山田詠美のすべてを知ったと得意げな気持ちになったが、本作を読んで、そんなことはなかったと思い知った。

 山田が黒人の男性と日本人女性の恋愛小説『ベッドタイム・アイズ』が文藝賞を受賞した時、時代はバブルが始まる直前だった。マスメディアは活気づいていたという。

 実際に黒人の男性と恋愛していたこと、デビュー前に夜職に携わっていたこと……写真雑誌(文中表現ママ)が事実を誇張して記事にした。

「大和撫子という言葉を御存知ですか」

 読者からもそんな手紙が届いたという。

「授賞式の様子を聞かせてほしい」とテレビ局から依頼があり、快く応じて出演すると「外国人と遊びまくる若い日本人女性」を山田詠美が扇動しているという内容に変わっていた。

 山田は耐え切れず涙を流す。

 デビューしてからまもなく恋人が逮捕されたときも、ほかの黒人の男性と結婚したときも彼女は糾弾された。

 私はふと思い出した。ある漫画でリゾラバ(リゾート地で現地の人と性行為をすること)を批判した箇所があり、山田詠美が抗議して作者に対談を申し込んだことがあったのだ。

 男女問わず今は珍しくないことだが、当時は問題視されていたという事実を示すエピソードである。

 山田詠美が女性で、相手が黒人でなければ、ここまで痛めつけられることはなかったと彼女はつづる。白人男性と日本人女性の恋愛は、そこまで差別されていないことを彼女は肌で感じていた。

 よく考えると日本人も黒人と同様に有色人種なのだが、日本人と日本人のラブストーリーならここまでの事態にはならない。もしくは日本人男性と外国人女性との物語なら。

 女性として痛めつけられた経験をした彼女が、「女流」を肯定的に受け止めている理由は何か。

 1936年から2006年まで続いた「女流文学者会」があり、山田は最後の数年ほど所属していたそうだ。発足当時は林芙美子もいたらしい。本書で山田詠美の憧れの作家として何度も登場する宇野千代も所属していた。

 文壇には男性作家ばかりがいて、女が物を書くということが差別されていた時代、「女流」という名のもとに女性の作家たちが決起した会だったのだ。

 山田詠美はつづる。

「女流」は、女性作家たちが勝ち得た最初のシスターフッドなのである

 作家と大まかにくくると、それはすべて男性だと思われる時代があった。彼女たちは「女流」作家という名を掲げ、文壇でのジェンダー平等を目指して共に立ち上がったのだ。

 山田詠美は「女流」はシスターフッドの証だと明言する。最近は誤った使われ方もされていると指摘する山田だが、「女流」に関しては決して差別用語ではないのだ。

 彼女の「女流」に対する思いには、先人の女流作家たちから受け継いだものが表れている。

 今、後進の女流作家である綿矢りさや金原ひとみ、村田沙耶香が憧れの人として山田詠美の名前を挙げる。

 山田が宇野千代に憧れたように、後進の作家たちも山田に続いて、今まさに新たな文学の世界を生み出しているのだ。

文=若林理央

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