西加奈子の小説からおすすめを厳選・12作品

文芸・カルチャー

2018/4/17

 直木賞作家・西加奈子待望の短編集『おまじない』(筑摩書房)が2018年3月2日に出版される。自身も関西で育ち、人情や愛憎の色濃い関西を舞台としたものが多い作品の数々には、引き込まれるように笑って読み進めながらも、クライマックスで人々の深い愛情に触れ、思わず涙するものも多い。本ページでは、そんな中からおすすめ作品の魅力をぎゅっと絞って紹介したい。

西 加奈子(にし・かなこ)
1977年イラン・テヘラン生まれ。カイロ、大阪育ち、東京在住。2004年に『あおい』でデビューし、05年の『さくら』はベストセラーに。『通天閣』で織田作之助賞、『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、15年に『サラバ!』で直木賞を受賞した。宮崎あおい・向井理主演での『きいろいゾウ』が映画化されるなど幅広いファンを獲得している。

■“オカンかわいい”!? 大阪女子の魅力満載のエッセイ『ミッキーかしまし』

『ミッキーかしまし』(西加奈子/筑摩書房)

 日本には、都道府県ごとにさまざまな特色があるもの。なかでも女子人気でいえば、佐々木希など色白美人が多いといわれる秋田や、“はんなり感”に支持率が高い京都などが挙げられる。しかし、個性の度合いならば、ナンバーワンは大阪女子。いかんせん、その生まれ持ったオカン魂が幸いしてか、男性陣からは「押しが強そう」と敬遠されがちだが、実はオカンな態度の裏側には、キュートな一面があるのだ。

 大阪女子の面白さを味わうには、やはり大阪出身作家のエッセイがいちばんだ。とくに『ミッキーかしまし』(筑摩書房)は抱腹絶倒間違いなしの一作。これからはSFの時代や、と言い放った後に「優香とエッチしたいなぁ、そうするためにはどうしたらええかなぁ、て考えるわけや」と、トンデモな内訳を解説するバイト先オーナーのエピソードをはじめ、繰り広げられる会話の軽妙さは特筆もの。ツッコミの早さはもちろん、大阪女子特有の“笑いへの転換力”も味わえるはずだ。

 オカンであることばかりがクローズアップされる大阪女子だが、それだけに留まらない魅力がたっぷり。エッセイを通して、ぜひその吸引力を体験してみてほしい。

■西加奈子の10年分が詰まった人生小説『サラバ!』

『サラバ!』(西加奈子/小学館)

 主人公は、1977年にイランで生まれた圷歩(あくつあゆむ)。彼をこの世界で待っていたのは、父、母、そしておかしな4歳上の姉だった。彼女が起こしていく衝撃的な行動に、息を潜めるように生きていく歩。イラン革命後しばらく大阪に住んだ彼は小学生になり、エジプトへ向かう。そこで起きた、ある出来事。そしてそこから姉は……。中庸に徹してきた歩は、黄金期から真っ逆さまに突き落とされた途端、30歳を過ぎて何ひとつ手にしていないことに気づく──。

 上下巻計700超ページの大ボリュームにもかかわらず、一気読みだ。作家・西加奈子のエッセンスが盛り込まれた本作は、ある意味懐かしくもあり、新たな発見を数多くもたらしてくれる。主人公と家族や親戚の人たちがみんな身近で愛おしく、ときに笑いときに涙しながら、彼らの行く末を見守っていく。生きていくということは本当に何があるかわかない、でもだからこそ、一歩一歩自分で選びとりながら、前に進まなくてはいけないのだ。そんな覚悟を促す小説でもあった。今まで体験したことのない読書をしてみたいと思ったら、迷わず手に取るべき本である。

■発売前から話題騒然! 作家・西加奈子の新鮮な視点で描かれる小説『i』

『i アイ』(西加奈子/ポプラ社)

 本作『i』から2年前、作家生活10周年のインタビューで、西加奈子は作家になるまで周囲のことに対して疑問も反感も持たず、「世の中のこともなんにも見てなかった」と語っていた。その見ていなかったことが、今の強みになっている、と。「考えてこなかった時間が長かった分、この世界のすべてにビビッドに驚ける」。

『i』は、作家が目覚めるように得たその目線を、ビビッドに同時体験できる物語なのではないだろうか。言葉も登場人物の感情も、ダイレクトに流れ込んでくる。

 小説で描かれるのは、現代の孤独な主人公。彼女の目線を通し、日々世界中で起こっている、惨く悲しい現実が無数に並べられていく。

 又吉直樹は、「世界で起きている惨事は過去の話ではないのです。残酷な現実に対抗する力を、この優しくて強靭な物語が与えてくれました」と本書の帯に寄せている。

 内戦や紛争のない日本で、災いの渦中にいる人の痛みや苦しみを理解することは難しい。そんなつらいことにわざわざ思いを巡らせなくても……という考えを持つ人もいるだろう。けれど『i』は、そこに向き合うための蓋をやさしく開けてくれるのだ。“物語”だけが持つ力で。

■子どもの頃に言葉にできなかった「モヤモヤ」がよみがえる! 『円卓』3つの読みどころ

『円卓』(西加奈子/文藝春秋)

『円卓』(西加奈子/文藝春秋)は、多くの家族に愛されて育った末っ子で、偏屈で口の悪い小学3年生の女の子、渦原琴子(うずはら・ことこ)――愛称「こっこ」が主人公の物語である。

 こっこちゃんは個性がほしい。単純な生活ではなく、可哀想で孤独な存在になりたいのだ。しかし、幼馴染のぽっさんは言う。「こっこは可哀想だと思われたことがないから、そう思われる人間の気持ちが分からない」と。そこから、こっこちゃんは悩み考え、成長していく。

 本作読みどころの1つ目は、笑っていない時の方が少なかったのではというほどに「笑いどころ」が多いこと。まるで漫才のように、読者を笑わせてくれる。

 2つ目は、子どもの時に、きっと自分も感じていたであろう不満や感動など、当時は言葉にできなかった感情を、西加奈子という大人の目と稀有な才能を持つ語彙力を通し、明確に表現してくれていることだ。

 3つ目は、本作が100巻まで続いたとしても読み続けられるような魅力。この話をずっと読んでいたいし、脇役でいるのはもったいない登場人物ばかりだ。

 本作はページ数も少なくセリフも多いので、読書が苦手な方でも笑いながら読めるのではないだろうか。

■エキセントリックな女性編集者が「恋」と「世界」を知る異色作!? 『ふくわらい』

『ふくわらい』(西加奈子/朝日新聞出版社)

 暗闇での「福笑い」を唯一の趣味としている一風変わった女性・鳴木戸定(なるきど・さだ)が「世界に恋する」までを描いた小説『ふくわらい』(西加奈子/朝日新聞出版社)。

 編集者の鳴木戸定は、感情に乏しい女性だ。友情も愛情も知らず、相手の目や鼻、眉毛といった造作を自由に動かし、他人の顔を使って「福笑い」をしたり、作家の要望があれば雨乞いをして雨を降らし、裸にもなる。冷静で淡々と話し、誰に対しても敬語を使う。その彼女が担当作家である異形のプロレスラーや、定に求愛する目の見えないハーフ男性、男を見る目がない美人同僚など、個性の強い人物たちと出会うことで変化していく。

 読み手によって、本作で得る「感想」は大きく異なるのではないだろうか。また、あらすじを紹介したところで、いまいち、どういう話なのか分からないだろう。それは仕方がないことなのだ。なにせ本作は、言葉で簡単に言い表すことができない「物語としてしか命を持ちえない作品」なのだから。本作の魅力はまさにその面にある。

■西加奈子の出世作『さくら』――「打てないボール」に苦しめられた家族の再生の奇跡

『さくら』(西加奈子/小学館)

 西加奈子を一躍有名にした『さくら』(西加奈子/小学館)。壊れた家族と愛犬「サクラ」の物語は、今もなお読み継がれる感動のロングセラーである。

 関西のとある新興住宅で暮らしていた主人公の「僕・薫(かおる)」は、兄と妹、そして両親の5人暮らし。母親は明るい美人。父親は物静かで温厚で優しい。兄の一(はじめ)はハンサムでいつもクラスの人気者。妹のミキは愛らしい顔と人の心の機微に聡いところがある。そして、人間が大好きな犬のサクラ。

 しかしある日、みんなに愛されていた兄が事故に遭い、それをきっかけに一つの平凡な家庭は壊れていく。家族がバラバラになり、父は音信不通、僕は東京の大学へ、そして……。

 本作で描かれているのは、さまざまな形の「愛」だ。読者は、それらの愛が自分の周りにも存在することに気づくだろう。誰しも、仕事や恋愛、家族の死など大きな悩みで沈んでしまう時もあるだろう。だが「私って運が悪い」なんて思っているなら、本作はその価値観を大きく変えてくれる一冊となるはずだ。

 巧みな構成力と豊かな筆力で描かれた「神様の投げてきたボールの真実」を読みとり、堪能してほしい。

■「どの瞬間が欠けても、今の私はいなかったんだなあ」と語るエッセイ集『まにまに』

『まにまに』(西加奈子/KADOKAWA)

 西加奈子『まにまに』(KADOKAWA)は、『ダ・ヴィンチ』ほか新聞や雑誌に掲載されたエッセイと自身の手によるイラストをまとめた一冊。2009年~2015年まで6年の文章の中に、鮮やかに変化してゆく軌跡が見えてくる。友人と会う前に、嬉しくて脳内で会話をシミュレーションしてしまうこと。体毛に優劣をつけすぎてしまうこと。友人の出産に立ち会ったこと。洗濯のこと。そして、愛する音楽と大切な本のこと――。

 音楽評、書評のページは、「聴いてみたい!」「読んでみたい!」と強く思わせるし、エッセイとしても抜群に楽しめる。
自分は、自分の体以上のものではない

 本書には「からだ」にフォーカスしていく文章も多い。熱を出した時には、こう思う。

自分は体すべてのことを引き受けているのではなく、「からだ」という国の代表に過ぎないのだなと思った。 「からだの代表」より

「からだ」は誰にとってもあまりにも身近すぎて、そこに“感動”があることには気づきにくい。だからこそ西加奈子の文章を読んで、はっとさせられるのだ。

■映画化原作『きいろいゾウ』――夫婦が気づけない本当の「愛」とは?

『きいろいゾウ』(西加奈子/小学館)

「夫婦の愛」が一つのテーマとなっている『きいろいゾウ』(西加奈子/小学館)は、宮崎あおいと向井理の主演で映画化もされた人気作だ。西作品を初めて読んでみようという方にもおススメの一冊だ。

 主人公は都会から田舎に越してきた新婚夫婦、「ムコ」と「ツマ」。ムコさんは小説家でツマ想いの優しい男性。ツマは不思議な世界観を持つちょっと子供っぽい女性。序盤ではそんな2人のほっこり温かい田舎の新婚生活が描かれる。

 だが、そんな生活にも「陰」がちらつき始める。読者は、温かい夫婦生活に垣間見える陰が気になりながらもページをめくり、遂に陰が前面に押し出される時、ハッと息を飲む。

 夫婦の愛ってなんだろう? 支え合うこと、尊敬し合えること、信頼感……色々あるだろう。ムコさんは、過去の出来事をきっかけに自分の中身を失くしたまま、人生を送っていた。そのせいで、ツマを失うことを怖れていたのだが、それも無意味なことだと気づく。夫婦の愛は、自分の人生で「必要なもの」なのだ。実にシンプルで深い。そんなムコさんの「愛」をツマはどのように受け止めるのか? そちらは、本作を読んでいただきたい。

■「勝ち組でいたい」ともがく人にこそ読んでほしい「救いようのない人たち」の話

『通天閣』(西加奈子/ちくま文庫)

『通天閣』(西加奈子/ちくま文庫)の始まりは、何だか暗い。大阪ミナミのマンションに住む「俺」は、わびしい中年男性の一人暮らしだ。家族も恋人もいない。散らかった部屋に、粗末な食生活と工場勤務。

 もう一人の主人公である若い女性「私」も、暗い。同棲していた男性は夢を追いかけアメリカへ発ち、一方的に遠距離恋愛をさせられている「私」は、彼に当てつけるように夜の仕事を始める。

 「俺」も「私」も憧れる生活ではない。むしろ「しょーもない生活」をしているのだが、読者の気分を暗くさせることはなく、笑えることが不思議だ。

 世の中には、上昇志向や勝ち組が絶対的な「正義」だと思い込んでいる人が多いが、大半の人はその波に乗れず、平凡かそれ以下の生活をしているはずだ。

 そんな生活を受け入れられず、もがいている人にこそ、本作を読んでほしい。ホッと肩の力が抜けて、新たな価値観を見いだせるのではないだろうか。再び上を目指していくための、ガソリンのように感じるかもしれない。

 勝ち組でなくてもいい。キラキラした人生を送ってなくてもいい。それでも、その人の「人生」なのだ。努力し続けなくちゃ社会の落ちこぼれになっちゃう、みたいなことで不安になる私は、ちょっとホッとした。

■誰だって自分を演じている。NYを舞台に描かれる超自意識過剰な青年の奮闘記

『舞台』(西加奈子/講談社)

『舞台』(講談社)は、自意識過剰でめんどくさい青年が、海外での事件をきっかけに世界の見方を変える、笑えて切ない成長物語である。

 29歳の葉太は、父の遺産でニューヨークへ一人旅の最中。しかし、自分がどう見られているかが気になり、旅を楽しめない。

 そんな葉太には、どうしてもやりたいことがあった。それはセントラルパークの芝生で、大好きな作家の新刊を読むこと。しかしいざ、葉太が『舞台』という本を開いた時、目の前でバッグが盗まれる。呆然とする葉太。しかし、助けを求めることは、他人の目が気になってできない。結局、何事もなかったようにふる舞い、わずかな金とスマホと『舞台』だけで生き延びようとする。

 葉太が戦うのは、「自意識」だ。深読みし過ぎの葉太をめんどくさいと思い、距離感もあった。だが、読み終わるとこの物語を身近に感じる自分もいる。

 誰だって自分を演じることがある。その舞台の上で一生懸命に生きている。そして、気持ち次第で同じ景色でも見え方は変わってくる。本作には、そんな想いが詰まっている。葉太がニューヨークで気づいたことは、多くの読者が共感できる「何か」を持っているのではないだろうか。

■本当に大切なことを教えてくれる爆笑感涙の傑作母娘小説『漁港の肉子ちゃん』

『漁港の肉子ちゃん』(西加奈子/幻冬舎)

 雪の降る北の漁港町で、キクりんこと私は、母親の肉子ちゃんと二人で暮らしている。肉子ちゃんはブサイクで空気は読まない。キクりんに愛情いっぱいに接するけれど、そんな肉子ちゃんが、お年頃のキクりんはちょっと恥ずかしい。

『漁港の肉子ちゃん』(幻冬舎)は、小学生の私の目線を通し、漁港に生きる人々を丁寧に描いた、笑えて泣ける人間ドラマである。

 私は大人びていて、一歩引いて物事を見ているような女の子だが、自分の弱さには気づいている。

「私は否定が出来ない。決定的な意思を持っていても、それを出すことが出来ない。受け入れたままで、どちらからも逃げていたいのだ」

 一方で肉子ちゃんは、ありのまま。そんな肉子ちゃんをうらやましいと思いながらも、同じようには生きられない。そんな母娘の生活が続くのかと思いきや、思いがけない私の秘密が明らかになり、物語は感涙のラストに続く。

 本作を読んで思うのは、肉子ちゃんのような存在って尊いということ。肉子ちゃんは決して聖人君子のような人ではない。だが無力でいいから、自分のありのままを包み込み、100%受け入れてくれる(だけ)の人って、貴重なんじゃないかなと。

■「悩みを抱える女の子」が「おじさん」に救われる8編『おまじない』

『おまじない』(西加奈子/筑摩書房)

 『おまじない』は、全8作の短編集だ。

 主人公は全員女の子(年齢に関係なく、本作に出てくる女性は全員「女の子」=「もろさを抱えた等身大の女性」である)。少女、ファッションモデル、キャバ嬢、レズビアン、妊婦といった、様々な人生を歩む「悩める女の子」たちが登場する。

 社会の価値観に縛られ、傷つけられたり、苦しんだりしながら、「生きづらさ」を感じている彼女たちだが、思いがけない「おじさん」の「なにげない」一言で救われる。「おじさん」の「魔法の言葉」で、女の子たちの世界が開かれる――西加奈子ワールド全開の「女の子応援」短編集なのだ。

また、西さんが「年をとっても力のある作品を書きたい」と思っていた時に、尊敬する先輩作家・角田光代さんに「短編1000本ノックをやるといい」と言われたのがきっかけで執筆をはじめたのが本作だという。

長編作に引けをとらないほど力強い作品『おまじない』には、きっとあなたを救ってくれる言葉があるはずだ。